冷たいのは床か君か。
3.冷たい床
「冷てぇ〜」
「誰の所為だと思ってるの?」
冷たく下から声が突き刺さる。
水をぶちまけた床の上に横になっているのだから無理もない。正確には横にならされている、であるが。
傍目に見れば押し倒されているようにも見えるキラとディアッカの周りにはバスターとストライクの整備用の水が水溜りを作っていた。
そうしてそのすぐ近くにはホースとバケツと雑巾が転がっている。
「悪い、悪い」
「……ディアッカって誠意が感じられないよね」
「酷ぇなそれ」
肩をすくめて言えば返される溜息。
昔から謝罪にとくにこだわりはないが、それが真剣みが皆無に聞こえることは承知している。
本心であるか、なだめるためであるか、それを悟らせないのが一つ。あとはスタイルとプライドの問題。
「そういうところが軽いって言われるんじゃない?」
「普段は言われないけどね」
付き合った女にも、アカデミーで声を掛けた女の子にもとくには言われたことがない。
同僚にまぁ言われたことはあるが。それでも誠意が感じられないと評されたのは初めてだ。
顔には出さないもののちょっとへこむ。
それがキラに言われたことであるからなおさらに。
「ミリアリアにはよく言われてるよね」
「あ〜……」
まあ言われる。八つ当たりというかなんというか。
どうしてキラはこんな軽い奴がいいのかとちょっとしたところで溜息とともに言われるのは確かだ。
キラを取ったと微妙に敵視されているような、それでいて一番頼りになる相談者だから頭が上がらない。
だってアスランは頼りにならないし(いや、もともと友人だなどといえる間柄ではないが)イザークはそもそもここに居ない(居たとしても頼りになるかははなはだ疑問だ)。
「それはそうだな……」
口ごもったディアッカにほらみたことかと得意げな顔をして、それから今の状況を思い出したらしいキラは腕で極近くにいるディアッカをどかそうと突き出した。
蹴りでない所がキラだよなぁと変に浸ってしまうところが我ながら悲しいが。
「っていうか早くどいてよね」
「どうしよっかな〜♪」
「重い」
「体重かけてないじゃん」
「でも重いの!ディアッカ太ってるんじゃない!?」
「うわっひっで〜」
キラよりも体格がいいのは身長が11センチも違えばあたりまえだし軍人である自分が筋肉質なのも当たり前。筋肉は脂肪よりも重い。
それを太っていると称されればたまらない。
「だいたい冷たいし気持ち悪いし。どうしてくれるのさ」
「それは俺も同じだけどさ」
「同じじゃないじゃん」
僕の方が下敷きにされてる分冷たいとその大きな瞳で訴える。
どんなにこのぬくもりを放したくなかろうが、二人きりで押し倒したというこの状態が惜しかろうが、所詮キラには勝てない。能力的云々は置いておいてもこの瞳には絶対無理だ。
「あ〜悪かったって」
「だったら早くどいてってば」
「はいはい」
キラの上からどいて自分が立ち上がってから身を起こすキラに腕を差し伸べる。
おとなしく手を取ったキラを引っ張って立たせてやっと周りを見る。
立ち上がると転がっていたよりもその惨事が厄介なことを悟る。
「……うわぁ……」
「……げっ……」
びしょぬれの床を見て絶句だ。
巨大なMSの整備用の水だ。それなりの量だと分かってはいたが、改めてみれば本当に大量だ。
ここがオーブで物資の心配をしなくて良かったのも災いした。
「……取り合えず片付け、だね」
「……そうだな……」
ああ、めんどくさい。唯でさえ人手不足のこの戦艦ではガモフでは整備士にやってもらっていたような機体の整備まで自分でしなければならないというのに。
だがこのままにしておけば昼の休憩に出ているマードックのおっさんに怒られること間違いなし。
掃除に整備に冷たい現実にがっくりと沈むディアッカに止めの攻撃が下された。
「頑張ってね」
「は?」
雑巾を渡し、人事のように笑うキラに思わず間抜けな顔を向ける。
振り返った先のキラのその笑顔は笑っているようで笑っていない。青筋が見えるような気さえする。
「だってもともと僕は終わってるし」
確かにフリーダムはもう既に整備済み。バスターの整備をすると言ったらじゃあ手伝うと付いてきて、ストライクの整備もついでによろしくと言われただけ。
「これを俺一人でやれってか?」
「もちろん」
だってディアッカの所為なんだし当たり前だろ?と絶対零度の微笑みを向ける少年は至極本気のようで。
「キラっ悪かったってば!」
「僕は知らないからね」
にっこりと微笑む冷たい少年に床に転がったときよりも寒さを感じた。
end
……これのどの辺りがディアキラですか。
愛が歪んでるなぁ……
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