聞こえる声は、誰?
4.声
いつもは隣に並ぶキラが若干後ろから付いてくるのに気付いてふと横を見る。
平静を装っているがあまり乗り気がしないのか、落ち付かなげに目が泳いでいる。
まさか、とは思いつつ口元に上る笑みを抑える気など勿論ない。
「怖い?」
「そんなことあるわけないだろ」
即答。だが、それがかえって嘘であると主張していることに彼は気付いていないのだろう。
つくづく思う。
(可愛い奴……)
アスランに言わせればあたりまえで、ミリアリアに言わせれば今更だそうだ。
ちなみにフラガのおっさんは年中可愛いを連発して度突き倒されている。
……そうならないよう口には出さないが。
「まっそうだな。噂確かめに行くだけだし」
「……そうだよ。あくまで噂でしょ」
彼らはエターナルに流れる噂の真相を確かめに行く最中だった。
いわく、エターナルの使われていないはずの部屋から”声”が聞こえるのだという。
古い建物などでは良くある怪談話だ。
だがごくごく新しい、ザフト最新鋭製の新造艦であるエターナルに幽霊などという怪談話は不似合いで、興味を煽る。
好奇心旺盛なお年頃だ。もっともディアッカにはその音源がある程度は予想―――男女だか男同士だかしらないがまあ夜の営みというやつではないかという―――がついたが。
キラがエターナルに移ってから接触が限られ、幾分艦の移行にはあまり関与していないためキラよりも時間のあるディアッカは今日も今日とてエターナルに向かい以前から聞いていた噂話の実証をキラに持ちかけたのだ。
「この辺りっつってたよな」
ごくり、と息を呑む音。
借りて着ているオーブのジャンバーをぎゅっと握られる感触を感じた。
可愛らしいその行動をからかうことも出来たが、そうすると放してしまう気がしたので気付かない振りをしてやることにして。
聞き逃さないように音を殺して、耳を澄ませてしずしずと進む。
すぐ後ろにいるキラの呼吸が聞こえてきそうだ。
『……ハロ』
ビクリと怯えたように身をすくませキラがおそるおそる見上げてくる。
ディアッカも彼が思っていたものとは違いそうな声の音源に気付き、キラと目を合わせる。
「なんか聞こえた……」
「聞こえた、な」
遠くてよくは聞き取れない。一本調子で何か複数の声が喚きたてている。複数、と思われるのは声が重なって言葉が聞き取りにくいことから。
なるほど会談話になるのがわかるように不気味だ。
だが、霊の存在など信じていないディアッカは確かめるために足を進めた。
キラもここまで来たら確認しないとかえって恐ろしいのか文句もなく代わりにさっきよりもピッタリとくっついて後に続く。
役得だと思うべきところだが、いかんせん音が気になって仕方がない。
『おまえもなっ』
『てやんで〜』
ある扉の前。はっきりと聞こえるところまで来て、二人で顔を見合わせる。
「なんか聞いたことのある調子なんだけど……」
「……俺もだ」
しかも最近になってよく聞くようになった物体の叫びによく似ている。
「あ〜とにかくここまできたんだし……開けるぞ?」
「……うん。これがあれなら鍵の解除機能ついてるはずだからわざわざそんなに難しいロックつけてないと思うし」
あれにそんな機能が付いていたのかと末恐ろしい感想をいだきながら操作パネルに取り付く。
確かに簡単なロックだ。キラに頼むまでもなくディアッカでも簡単に開けられる。
開けるぞ、と一言置いてキラが頷いたのを確認してロックを解除する。
瞬間ドアの前に立っていた二人を認識して扉が開く。
『キラ、ラブリー。アスラン、ハゲ。カガリ、オットコマエ!』
『フラガ、セクハラ。ダコスタ、クロウ。キラ、ウッツクシ〜!』
絶句するキラにぶっと噴出すのをこらえる。
アスランが禿げ、カガリ漢前、フラガセクハラにも大笑いだが、なにより10色はくだらないんじゃないだろうかと思われるカラフルな球体―――ハロはどれもが必ずキラに対する賛美を述べていた。それもキラに言わせればあまり嬉しくなさそうなものばかりを。
それがまた共感できる感想ばかりだからハロに言葉を教え込んだであろう女性に拍手喝采を送りたいところだったのだが。
『ヘタレ、ディアッカ』
ふとどう設定されているのか部屋の隅、壁際でひとつ口調が変わったピンクのハロはディアッカの名前のみを奏で一度言葉を切る。キラの名前がインプットされていないのはこれだけのようで不振に思ってしばし待った。
『イテマウゾコラ』
『アキマヘンデ〜』
ディアッカも途端に引きつる。
キラとそういう関係になったときからかなり恨みを買っている自覚はあったが。
(……さすがにこれは怖いんですけど)
密やかな殺意が篭っているような気がする。
何時も彼女が連れているハロと同じものに登録してあるのは、いつか本人に向けるつもりだったのだろうか。
「あ〜どうするか」
お化けの恐怖とはべつに、呆気に取られてディアッカに縋り付いたままだったキラに声を掛ける。
我に返してしまえばあっけなくキラは離れていくのだろうことを悲しいかな、よく分かっていたがいかんせんディアッカには対応の仕方がわからない。
恐ろしすぎて。
だからと言ってこのまま放っておくのはどうかと思う。
別段弊害はないが、心情的にもどうにかしてもらいたいと思わずにはいられない。
「……アスランに言ってくる……」
作ったのはアスランだと言って、それを止めるのもアスランの役目だ、という論法に無理やりでも何でも持って行くことにしたらしいキラはやっとそう返す。
登録したのも放したのもラクス嬢に決まっているのだが。
疲れたようなキラを見て、ディアッカも溜息をひとつ。
「まぁ、ラクス嬢にゃ言えないわな……」
歌姫はディアッカにとって最強のキラですら敵わないようだった。
end
|