を噛んで。拳を握り締めて。


5.血の味


倒れた、と聞いた。戦闘や警戒態勢がやっと解かれてやっと知りえた情報だった。
教えてくれたミリアリアに礼を言い、一目散にエターナルに
―――キラの部屋に駆け込んだ。
彼は。
暗い部屋の中で膝を抱えて一人そこにいた。
僅かに聞こえる息遣い。潜めるような小ささは、彼が相当参っていることを確信させる。
「キラ」
呼びかけるとビクリ、と肩が跳ねる。
そうして一人沈んでいることを知られることの怯えと焦りか。多分アスランやラクス嬢には大丈夫と言ってそうして篭っているのだろう。彼らがそれを信じたかどうかは別として。
俺だ、と手を挙げて自分であることを知らせながら泣いているかもしれないと思いつつ近づく。
「ディアッカ……?」
驚いたような、何故ここにいるのか分からないという顔をされるとなかなか情けないものがあるのだが、キラの顔を見てほんの少しだけ安堵する。
彼は予想と反して泣いてはいなかった。
「あ〜大丈夫か?」
言葉が出てこない。何時ものように気軽に触れることさえも。
そうできない儚さを感じてしまって。
「なに、が?」
硬い声。
どことなく怯えた猫のような印象を感じふと思う。
何かを警戒している?
「いや、倒れたって聞いたから」
「ああ、うん。大丈夫だよ」
笑って見せたが作り笑顔であることはばればれで、答えは取ってつけたように真実味がない。
だが、それを追求するのにもどうやってするか。
沈黙が落ちる。
口は上手いほうだと認識していたが、どこがと思うほど言語中枢が働いてくれない。
キラと二人でいることに居心地が悪くなるはずがないのに、この微妙な空気はなんだ。
「聞いていことなのかわかんねーけど」
がしがしと髪をかき混ぜるように頭に手をやり、結局直線的なセリフでしかない言葉を口にする。
「クルーゼ隊長に何を言われたわけ?」
何があった、何を見た、何を聞いた。それよりも多分この聞き方は正しい。
多分いつものあの調子でなにかを吹き込んだのだ。
あの人の強さは尊敬していたが、人格者かと言われればノーだ。試すような、含みを持たせたような言葉を何時もつむぎ、人を混乱させる。
そうして彼の元を離れた今は薄ら寒さだけが残る。
強さについて同等に尊敬できる人間を見つけたからか。そうしてそれが性格も気に入ったからか。
「別に……何も」
その尊敬に値する強さを誇る少年はそうやってまた言葉を濁す。
だがそれは分かっていたのでさらにもう一つ。
「んじゃあ何を聞いた?」
問いの幅を一つ広げる。
「だから特に何もないって」
まだ答えはない。
「じゃあ何を見た?」
何かを思い出したのか力が入るのが分かる。
後一押し、と思ったところでぎゅっと握られた手に
―――それから流れる色に気付いて眉を顰める。
「手、開けよ」
質問から一時的にでも離れたのに安心したのか何故、と彼は見上げてきて初めて目が会う。
間近で見た同じ紫の瞳は何かに怯えているのがはっきりと分かった。
だがそれには触れずにただそれだけを言うにとどめた。
「血が出てる」
自分でははずせないのか緩めようとしないキラの手を取り、一本一本指をはずしながらもう一箇所赤の流れる部位を見つけた。
手だけじゃない。
噛締めすぎた唇からも血が滲んでいた。
物に当たるものどうかと思うが、自分の身体を痛めつけるのはさらにいただけない。
(けど奥歯を砕かないだけましか……)
包帯を巻くほどたいしたものでもなく、だが再び握り締めて血を出さないように手は放さない。
「何か嫌な物でも見たんだ?」
「そんなことないよ」
「じゃあなんであんな蒼白な顔してたんだよ?」
沈んでいるのも怯えているのもディアッカの偏見だと言われようともそれはごまかせない。
戦場に戻るためにストライクとフリーダムを探しに行ったディアッカが見たキラの顔色は酷く悪かった。
怪我で血の気がないフラガさんより顔が青いなんて大問題で、何もないなんて言い訳はあの場でキラを見ていたディアッカには通用しない。

だからさらに幅を広げて問う。
”何があったのか”と。

追求していいものかなんて知らない。
傷つけてしまうかもしれないなんて考えていられない。
それよりも溜め込んだまま、放っておいて思いつめられるほうがよっぽどたちが悪い。
また沈黙。それ以上ディアッカに問いのストックはない。
最後の問い。
完璧な答えとか事情の説明を期待したわけじゃなく、ただほんの少し弱音を吐いてくれればいい。そうして慰められればいい。
何でもいいから上辺だけの言葉じゃないものをただ待つ。

「嫌だよっ」
やっと零れた本音に、けれど意味が分からなくて内心で首を傾げる。
何が嫌だという。何故嫌だという。
質問の答えにはなっていないが、だがそれがキラの弱音だ。叫べる限りの精一杯の。
「君だって気持ち悪いっていいだすに決まってる!」
「決め付けんなよ」
聞き捨てならないことを聞き、思わず声をはさんだ。
何のことだかわかっていないのに
「嫌だよ……」
泣きそうな声で。でも泣けないで。
「……嫌なんだ」
ぽつりと零す。
「嫌われたくない」
「だ〜から大丈夫だって言ってんだろ。そんなに俺って信用ないわけ?」
「信じたくても信じられないことがあるだろ。人は全てなんてしらないんだから」
だったら話してくれよと思わなくもないが、溜息をつくにとどめる。その溜息が気に入らなかったのか不満そうに口を開こうとするキラの先手を取り。
「わかったからお前ちょっと寝とけ。疲れた顔してんぞ」
頭を肩に押し付けてなでてやる。多分倒れてからぐっすりとは眠れていないのだろう。
不安で。
「本当に大丈夫だから」

「俺がお前を嫌うことなんかありえないっつーの」

やっと眠りに落ちた少年に向けて聞こえないのは重々承知で呟いた。



人のぬくもりも恐怖をやわらげてはくれないのか。
嫌わないで、憎まないで。
怖がらないで、恐れないで。
全身でそういっているようだ。
いつの間にかディアッカの服を掴んだ手は外れない。別にはずすつもりなどないが。
強くて弱い。矛盾した存在。
眠りの中ですら唇を噛み締めて悲鳴だろうか叫びだろうか。とにかく何かを噤もうとしている少年に。
痛そうだ、と思って消毒とばかりに口付けた。

触れた、先
―――切れた唇は血の味がした。


end



やっとこさディアキラ(笑)
なんというか私のイメージの本来のキラに戻った模様。
ああ、でもディアキラは軽いノリの方が書きやすいことを発見。