暗闇の中で光が一つ。
6.暗闇
とある奴を探しに来てみれば格納庫は整備士たちは切り上げたのか既には暗い。だが、カタカタとキーを打つ音が聞こえてくることから誰かがいることは察せられた。
誰か、なんて考えるまでも無く思い当たるのは一人だが。そうして音源も。
ストライクのコックピッドまで浮かび上がる。ストライクの持ち主は今はフラガさんだが、今のままでは彼の手には負えない部分があり調整を頼まれていたからいるとすれば探している人間のはずだ。
案の定、で。
モビルスーツの中は更に暗闇でディスプレイの明かりのみで物凄い勢いでプログラムの構築だか修正だかをしている探し物の姿があった。
目まぐるしく変わるディスプレイはちらりと見ただけでも目が痛い。
コーディネイターの中でもそれなりに優秀だと自負していたディアッカでさえ目が痛くなるような速さで画面を流れる文字と図形を弄る少年に掛かる負荷はいかほどのものか。
思って声を掛ける―――思わなくても何かしら声は掛けたが。
「目、悪くなるぞ」
「大丈夫だよ。コーディネイターなんだから」
相手が誰だか分かっていないのだろうか。
顔も上げず、相手も確かめずに発せられたディアッカにすれば言い訳にもならない言葉はそうとしか思えない。
アークエンジェルとクサナギの中でコーディネイターは3人だけだ。
アスランと俺とこいつ―――キラと。
だから殆どのことはその一言で確かに退けることが出来るだろう。意味を気にしなければ便利な言葉だ。まあナチュラルでも一部は簡単に納得してくれないだろうが。
ミリアリアとかカガリ嬢ちゃんとかフラガのおっさんとか。ああ、あと艦長さんもそうだろう。
それでもこいつに大丈夫と言われれば口で勝つことは難しく、最終手段は無理やり引っ張り出すことだ。だが、同じコーディネイターであるディアッカにはもっと簡単にその手を止めることが出来る。
「コーディネイターでも悪くなるもんはなるんだよ」
「……ディアッカ?」
まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかったのだろう。
思ったとおり手を止めて顔を上げたキラはコックピットを覗き込むディアッカを見て不思議そうに名前を呼んだ。
「なんで明かりもつけないでやってるかね」
「だって明かりの強い場所だと気が散るんだよ」
「ストライクの中入ってりゃそんな明るくないだろ」
むうっと頬を膨らませるところから確かだがそれでもまだ嫌ならしい。
一瞬電気がもったいないとか思っているんじゃないかと思ったが、さすがに違ったかと思いつつそれでも胡乱気に見やればふいっとキラはそっぽを向いた。
「目が悪くなったらなったでコンタクトっていう文明の利器があるもん」
「……付けられるのか?」
思わず口を付いて出たのは本音、だったりした。
「それってどういう意味?」
若干低く、問い返すキラも分かっているから不機嫌なのだろう。
こいつはとてつもなく不器用だ。
キーボードはすばらしく早く器用に打って見せるのに、生活にかんしてはもう恐ろしい。
「意外とコンタクトって付け辛いんだよってことだ」
お前が不器用なんだよというのは言わずに逃げる。
何故だかキラは不器用なことを酷く気にする。人には向き不向きがあるのだから出来ないものはできないでいいだろうに、無理にでもやろうとするからたちが悪い。一生懸命なのが分かるから殊更で。
まあ弱みを人に見せたくないのは当たり前だけれど。
「ディアッカつけたことあるの?」
「あっああ。潜入捜査の訓練でカラコンつけたことはあるけど……」
興味がずれたのか本格的に手を止めてまじまじと覗き込んできたキラに思わず覘ける。
らしくないだのきしょいだの声が飛んできそうだが、この目に見つめられるというのは物凄く照れるのだ。
色めいたことがないからか。ただ興味津々とそういった視線だからか。どのみち。
(キラだから、なんだけろーどな)
この顔に見つめられて平然としているやつは心臓を疑う。
「もったいないね」
何が、と言わなくてもこの話の流れからすると自分の目のことだろうと予想が付く。
自意識過剰だなどと言われる筋合いはない。
「紫なんてコーディネイターですっていってるようなもんだろ?」
ラクス・クラインのピンクの髪だとかニコルの緑の髪だとかと同じように自然では出ない色がある。
イザークの色は珍しいが自然でもないわけではない。でもあの顔にあの態度じゃばればれだが。
「別に目の色で気付かれたことなんてないけど……」
「ま、大人しくしてれば気付かれないだろうな」
キラの髪は茶色でごくありふれた色だし、顔のパーツは整っているが彼自身の性格からか玲瓏やら端麗やらの形容詞は付きづらい。まさしくコーディネイターだと主張しているような雰囲気をかもし出しているアスランやらイザークとはそこが違った。
瞳というのは髪よりも目に付きづらいもので。目を合わせなければ案外印象に残らなかったりもする。
ただ……キラの場合一度あわせてしまったら終わりだ。絶対に忘れられない。
「とにかく目、悪くしないように暗闇でパソコンは控えろよ」
ただでさえパソコンの画面を見続けるのは目に負担が掛かる。
けれど彼の趣味と今の状況を考えれば弄るな見るなとはいえない。
「本当に目が悪くなってコンタクトなんてことになったら面倒だろ?」
「まあ眼鏡もあるしね」
何かずれた答えを返し、再び暗いまま作業に戻るキラにがっくりと力を落とす。
それから気付かないのをいいことに真剣に作業をするキラの顔を凝視して。
眼鏡のキラも悪くないとは思いつつ可愛い顔を隠すのはもったいないと思い、それに眼鏡を取ったら見とれるほどの美形でしたなんて昔の少女漫画みたいで笑えないし、と思ったディアッカの愛読書がほんの少し疑われた。
end
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