針が十二時を刻むとき。


7.秒針


約束の時間は正午。会えたらまずはお昼を食べてそれから買い物でも映画でも見れる時間を設定し、彼らは初めてまともに二人だけの外での待ち合わせを試みた。
初めてだからとそう気負いはない。ぎりぎりの時間に来たのは別に緊張して寝坊したとか、突然のメールが入ってとかいったありきたり且つ特殊な事情でなくもともと彼がそうしてこようと思っていたからに過ぎない。
長い足で悠然と人並みに乗って歩いていったディアッカは、待ち合わせ場所にキラを認めて笑みが口の端に上る。
ディアッカが確認しうる現在の時刻は
――――12時ジャスト。

「よっお待たせ」
「遅いよ」
開口一番。可愛い顔から零れ落ちた容赦ない一言にディアッカは飄々と返す。
「丁度いいじゃん」
「残念。ちょっと遅れてる」
自分の時計ではなくキラの腕と計を言われて覗き込めば、確かに少し文字盤の真上からずれている針があった。
それはデジタル式の時計ではなく、文字盤と針とで時間を示すタイプの従来の形で秒針というものが存在したのだ。その一番細い針が半分ほど下に回っていた。
人は発展すればするほど過去が懐かしくなるのか、すばらしく思えるのかしらないがこのタイプの時計は意外に高い。機能性からも経済性からも持っている人間はまれでキラが持っていることに意外の念を憶えても不思議の念はなかった。
だが。
だが……
「そんな細かいところまで気にする奴いねーだろ」
「遅れた言い訳にしか聞こえないね」
「っていうかそんなのまであってるわけないだろ?」
こういった時計は端についたねじで針を手動であわせるのが普通だ。地球では地域によって時間も違うし電池で動いているとはいえ誤差がないわけではないから自由に直せるようにとの仕組みだ。
だがあっさりとキラはそんな反論を否定した。
「あってるよ」
「は?」
こいつがそこまで几帳面な人間だとは正直おもわない。
キラはかなり……大雑把な人間だ。
これを大雑把といわずしてなにを大雑把という。イザークという神経質大魔王とつるんできたディアッカには本気でそう思えた。
料理の仕方然り、プログラムの組み方然り、服の着方然り。
料理以外は大雑把な割りにまともというかだから凄かったりもするのだが、とにかく大雑把なのに変わりはない。
からくりは時計自身、だった。
「だってこれ電波時計だもん」
「んなもん持ってんのかよ……」
普通の電池やら螺子式の時計よりも少し値が張る。アンティークっぽく螺子式の方が高いかと思われるが、今現在それを発している衛星は少なくかえって貴重なのだ。
誰がそんなものを買い与えたのか。
ディアッカでなければキラバカアスランかブラコンカガリのどちらかに決まっている。キラに貢ぎそうな人間は多いがキラが受け取るような人間だとどちらかに決まる。
「だいたい約束の5分前には来てるのが待ち合わせが上手くいくコツだよ」
まあデートの時はそうしたときもあった。興味のないときは遅れていくのが普通だった。そのどちらでもない意味はキラのディアッカが来たときの一瞬の笑顔にあるので、先に来ていたのでははよく近くでは見えない。キラの笑顔は本当に一瞬ですぐまたつれないキラに戻ってしまうのだから。
わかった、と片手を挙げて妥協案を示す。それならば実は今より確実だ。
「俺がキラんとこ迎えにいけば問題ないだろ?」
「出かけられなくなるよ?」
……確かに、とディアッカは納得する。
戦後、キラは一人暮らしではない。親(血の繋がりはないらしいが)と一緒ですらない。
双子の姉と同居中(護衛付き)でアスランがこまめにやってくるというディアッカにとっては非常にありがたくない状況で。
妨害されることは決定だ。
「なんつーかあれだな。お姫さんもアスランも茨姫の”茨”」
「お姫様を閉じ込める茨?」
友人と兄弟を茨になぞらえたのは納得したのかそれとも自分が姫になぞらえられたことに気が向いてそれは気にならなかったのか、不機嫌にキラが返す。
「だってそうだろ?俺とキラの愛の道を邪魔するんだから」
「童話つながりで思い出したんだけど」
思いっきりスルーしたキラにがっくりと肩を下げてから横目でつれない人を見やる。
「何を?」
「今はいいけどさ、シンデレラって12時で元に戻っちゃうって言うけどあんな靴落としたりなんなりで時間いいのかなぁ?」
「十二時っていったって鐘の音で帰ればよかったんだろ」
確かに30秒くらいは余裕で立っているような気がするし、だったら靴くらい拾っていけよと思うところだが、十二時の鐘がなったら帰れ、という指示だった記憶がある。だいたいそんなに厳密にしていたら夢がない。
童話というのは王子様がお姫様を迎えに来るだとか魔法使いがなにかするだとか騎士の話だとか子供にとって夢のある話であって、間違っても5分前行動に気をつけましょうだとかくれぐれも時間に要注意だとか時は金なりだとかの教訓ではないはずだ。

それにしても、と。

本日のキラの服装は大雑把らしく着易くをメインなのだろう。春先らしく長いズボンにTシャツにカッターシャツのボタンを閉めずに羽織っている。
見ようによってはきちんとデートに見えるかもしれないが……
「いい年こいた男が乙女チックに童話の話ってのもなぁ……」
「だって話が通じるんだもん」
普通の人間では通じないのは知っている。このシンデレラという物語も脚色だとか解釈のしかたはかなり違うらしいから、ぱっと話は繋がらない……はずなんだけどなぁ。
もともと師匠に言われて日本文化は学んでいたがこれほど憶えているとは自分でも思わなかった。
その理由の一端はこうしてキラと日常的に話せてしまうことがあるからだろう。
「ねぇ、ディアッカ。
もし、僕が十二時きっかりで消えちゃったら見つけてくれる?」
僅かな期待とからかいの意を覘かせて首を傾げるキラにディアッカはニヤリと笑む。
「十二時過ぎても帰さないね」
「それは困るんだけど」
今までにない反応にもしや言葉の意味を読んでくれるようになたのかとディアッカは期待を持った。
だが、それも一瞬。

「カガリが怒る」

なるほど目下キラの一番考慮する人間もといディアッカの大いなる壁は母猫カガリのようで。
高価な時計を買ってやった人間もこうして分かったのだった。


end


説明部分は色々と適当なのでさらっと読み流してください〜
あぁもうこんなのばっかり(爆)