れて確かめたい時がある。

8.触れ合い


男一人に女一人。彼の過去の言動を知るものには意外なことに口説いている様子はなく、ただ仕事をこなす少女をぼけっと眺めているだけだ。
否。待っている、というのが正しい。
「何か用なの?」
手を止めて胡乱気な様子でミリアリアはディアッカを見やった。同じ年頃ではあるが背が高く軍人だけあって体格のいいディアッカは何もせずにそこにいるには大いに鬱陶しい、とミリアリアには思わせる。
「用ってほどのもんはないけど」
「あんたが私のところに来るのなんてキラのことだけだものね」
ご名答、とばかりに口の端を吊り上げたディアッカに仕方ないとミリアリアはため息をついた。
今回が初めてではない。キラに関する相談のしどころは迷うらしく人選も厳しい。
アスランやフラガでは頼りないというか変な入れ知恵をされそうで怖いというかそれを分かっているのだろうディアッカはなかなかしない。かといって整備師の連中ではぱっとしないし
――などと失礼な――ほかの人間には相談できるほど身近な人もいない。そうすれば安全、頼りになる、鬱陶しくないでミリアリアになるわけだ。
結局はのろけにしか聞こえない贅沢な悩みが多いのだが、聞くだけでキラへの負担が減らせる場合もあるので聞いてやってもいいと思うのだ。
「キラがエターナルに行っちまっただろ?」
おかげで整備中もあえないし、食事時も会えないし、気軽に探しに行くこともできない。
触れないし、話せないし、顔を見ることさえできない。通信を入れるほどの用事もありはしないし。
だから、とディアッカはここ数日のキラ欠乏症を訴える。
「触れ合いが欲しいわけだ」
「だったらエターナル行けば?」
冷たくミリアリアは返す。やっぱりのろけか自慢だと認識したためだ。
もちろんそれが分かっていて、というかそうしてくれるからディアッカは彼女のところに来るのだが。
「俺だって行きたいけどね」
「あんた私に喧嘩売ってるの?」
不満たらたらでしかたないじゃないかと言われれば聞いてやっているミリアリアとてに睨みつけたくもなる。まして堂々と大好きなキラに手を出す宣言をされたようなものだ。そんな言動に釘を刺すこともミリアリアがディアッカの相談という名ののろけを聞く理由なのだから。
そこまでの意を読み取ったかどうかは別としてまさか、とディアッカは大仰に手を開き肩をすくめる。
「むさいおっさんより可愛い女の子の方がいいじゃん」
やってられないだとか馬鹿みたいだとかそれこそ軽い!と非難轟々が返ってくるはず、だった。
男としては自明の心理だと思うのだが、それを素直に口に出せば非難というものがやってくる。
だが。

「へー」

そう低くない声を押しつぶしたような声はよく知る人のもの。というか今現在触れ合いがほしいなぁなどと溢していた相手、である。
「可愛い女の子に相手してもらっててよかったね?ディアッカ」
直訳
―――女の子を口説きたいなら僕要らないね、僕女じゃないし。
ディアッカのキラに尽くす姿を知るアークエンジェルの人間はそんな疑いなどもちもしない。ミリアリアもまた然り。
だが、今の話を最後だけ聞いていたとすれば誤解を招くこと甚だしい。
別によくある嫉妬に狂った悪鬼のような顔ではない。口の端は釣り上り、笑んでさえいる。
だがその微笑こそが怖いのだ、と鈍くない人間なら簡単に分かるだろう。
「ちょっ……ちょっと待て、キラ!」
無言で立ち去るキラを慌てて追い、その手首をつかむ。
知っている。ディアッカの知る女という人種よりは幾分か太い。
当たり前だ。キラはどんなに可愛かろうが男である。そんなにも細かったら大問題だ。
「なに?可愛い女の子の方がいいんでしょ?」
「あーのーな」
「あっでもミリアリアは駄目だよ。そこまで人でなしだとは思ってないけど」
「キラっ」
「何?」
冷たい視線にも台詞にもめげずに果敢にも手は離さない。
今ここで手を離してしまったらキラはあっさりとエターナルに帰るか会わないように避けて仕事をして帰るのだろう。何か上に呼ばれて用事をこなしに来たのだとディアッカは疑っていないが、せっかくの機会は無駄にできない。
「おっさんよりは可愛い女の子のがいいけどキラのがいいんだって」
キラを前にするとどうしても働かない言語中枢は陳腐な言葉を口にさせる。…本心ではあるが。
ああ、ホントに恋愛初心者でも三流軟派野郎でもないはずなのにこの低落はいったいなんだろうかと内心ではだらだらと汗をかきつつキラの反応を待つ。
そういう陳腐な台詞を好む女もいるが、キラがそういうタイプの人間だとは思えなかった。むしろ軽い、と一言で気って捨てられてさっきよりもいっそうの怒りを掻き立てる場合さえ予想される。
「……何言ってるのさ」
口調はまだそっけないものの、緊張感漂う微笑を消えたのにほっと息をついた。
「ディアッカって口軽いよね」
「そーかもな」
「口は災いの元って言葉を地で行ってる」
「あーよく言われるかも」
相槌を打ちながらキラの体を手繰り寄せて抱き込む。
触れていれば心地いい。逃げ出したりしないから嫌がられていないのだと確認できる。
ここ数日の触れ合いのなさを補うように安堵感を得る。
だが、そんなほっとする時間もキラの一言でビシリと凍結した。
「セクハラ」
「はぁ!?合意の上なんだから良いじゃん」
「僕合意なんてしたことないけどな」
抵抗をしなかったのを合意とみなした発言だったのだが、あっさりと返ってきた言葉に沈黙する。
まだ怒りが解けたわけじゃないのか
「じゃあどうしろっていうんだよ」
いちいち確認してからでないと触れてはいけないのかとがっくりと肩を落としてますますキラにくっつけばキラはほんの少し唇を緩める。はじめから怒ってなどいないのだ。
ディアッカの言動もミリアリアを口説こうとするわけがないということも知っているから。
「そんなに言葉は必要?」
口に出した言葉は嘘をつく。伝えない事が沢山ある。
だから触れて確認する。そういうことなのだ。
「俺としては欲しいとこだけどな」
「触れたがりなのに?」
「だってでないとセクハラだとか言われるし。結構傷つくんだぜ?」
「ディアッカってホント傷つくとか言っても哀れさを感じさせないよね」
散々な言われようだが、知っている。声に出した言葉が全てなわけじゃない。
「強い、ね」
いつもその言葉はささげられてきた。強さという名への羨望と憧れ。
だが、それらはキラのいう強さとは違う。
「俺に言わせればキラの方が強いぜ?」
MSの技術も悔しいがそうで、性格的というか人間的にもキラの方が強い。
所詮適いはしないのだから。
「それはどうも」
「だからもう少し手加減してほしいんだけど?」
「う〜ん。それはディアッカしだいだよ」
手加減してほしかったら軽い言動を慎んでね、と本当には思っているわけではない言葉をキラは言った。
別に正確な言葉なんて要らないのだ。


end