知っているのか、知らないのか。





You know unknown ?





「おっさん。」
ざわざわと常にふる稼働でうるさい格納庫。ヴェサリウスと違って知り合いがごくごく限られた中でディアッカは知っている金の頭を見つけて声を掛ける。
地獄耳、というか。
これが普通に呼んだら聞こえないんだろうが、嫌な言葉はちゃんと聞こえるという奴でくるりと向き直ったフラガのおっさんは叫んできた。
「何度言ったら分かるんだ。俺はおっさんじゃない!」
「あーはいはい。わかったからあいつ知らない?」
ディアッカが探している”あいつ”。
整備士ではないし、れっきとしたパイロットでフリーダムという最新型のMSまで乗るいわば主戦力なのだが、ディアッカにとって不本意なことにストライクに構っている時間が一番多いのだからこのおっさんに聞くのは致し方ない。
もともとがあいつの機体だったから仕方がないっちゃ仕方がないが、こうしてこの人に聞かなくちゃならないっていうのもムカつく。まあ自分で探せない広さじゃないが、その方が確実だっていうのならそちらを取る。時間だとて無限ではないのだ。
「キラなら……ここにはいないから食堂か展望台だろ。」
「サンキューおっさん。」
何でそんなことを知っているのか、などと問うのは不毛だ。まだ敵対しているときあいつとこの人とで二人だけのパイロットだったというし、ディアッカはまだこの戦艦の構造を良くは知らない。
あいつがストライクに乗るようになった事情は聞いたが、それなら大人として先輩パイロットとして余計気にかけるだろうし、その結果好む場所だとか生活に必要な場所も自然分かるだろう。
そんな事情を分かってはいるし、理解もしているものの嫌がる呼称を連呼するのはせめてもの憂さ晴らしだ。
「キラはちゃんとムウさんって呼んでくれるのにねぇ……」
「そりゃ自慢かよ。」
「どっちかっていうと嫌味だな。」
にやりと笑い、のうのうとのたまうおっさんにふと思い出したことも相まって顔を顰める。
あいつ曰く俺はこのおっさんと似ているんだそうだが、ちっとも嬉しくはない。
人間としてはいい奴であいつはかなり懐いているから本人褒めているつもりなんだろうが、大人気ない上にセクハラと堂々と言われている人とあったら似てるといわれても喜べない。
「んじゃ、行ってみるわ。」
「ご苦労だねぇ。」
笑み崩れているのを予想して振り向かずにひらひらと手を振ることで答える。無反応というのは負けたような気がするし、ムキになって食って掛かるのはさらにからかわれるネタになるだけだ。
「あ〜我ながらすんげー調子狂ってるな。」
からかうほうが専門であったはずなのにここに来てからかわれてばかりの気がするのは、非常に分かりやすくからかい甲斐のある人間がいないからか、それとも周りが上手なのか、捕虜生活で性格改革されたのか。
正確なことは自分ですら把握できてはいないが。

それもこれも”あいつ”と出会ってから。
それだけは間違いようもない。





近場からという理由で覘いてみた食堂でさっそくその姿を見つける。
ただし一人、ではない。時間的に食事時から外れているからかそこにはまばらなほどしか人はいないが、その一角で異彩を放つ二人組み。
一人は地球軍の軍服を着ていてしかも自分と違ってここでの生活も長いはずだから浮いているとも言えないはずなのだが、やはりどうして目に付いた。
その隣を陣取る青い髪の男はいわずと知れる。
苦手意識は大分薄れた。敵愾心も今は殆ど感じない。
むしろ同じザフトから身を寄せたということで、若干の親しささえ感じはじめてはいるのだが。
だがそれとこれとは別であるとディアッカはこのとき思った。
「ディアッカ?どうかしたのか。」
気配に聡いのは相変わらずのようで自然に話ができる距離まで行く前にアスランがふと顔を上げる。別段気配を消していたわけでもないので気付かなかったらそれはそれで問題だが。
「ちょっとそいつ借りていいか?」
わざわざと彼に言うのでなくアスランに向けて言えば、小首を傾げて彼が問い返してくる。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっとバスターのプログラムで教えて欲しいことがあるんだけど。」
「バスターの?僕見てないからなんともいえないけど。君がカスタマイズしたんでしょ?」
「まぁ、一応ね。これでもエリートだったんで。」
「でもわからないんだ?」
「……そうなんだけど、そうさらっと言われるとむかつくのな。」
ぽんぽんと交わされる会話に棘はない。皮肉交じりの応酬はディアッカには笑みを浮かべさせる。
―――甘さは皆無だが。
別にそんな甘さあふれる会話を望んでいるわけでもない。殺伐とした会話はごめんだが。
後々はどうであれ、今のところは高望みはしない。
そう、ほんのささやかな望みだろう―――名前を呼んで欲しいと思うことなど。
「いいよ。プログラミングは僕の専門分野だし。」
「サンキュー。助かる。」
「それはちゃんと僕ができてから言ったほうがいいと思うけどね。」
まあいいや、と会話を終わらせて立ち上がる。
「じゃあちょっと行ってくるね、アスラン。」
「そーいうことで借りてくわ。」
「ああ。」
余裕で引きとめもしないアスランはわざわざフォークを置いて鷹揚にうなずいた。こんなところに育ちのよさが伺えるのが嫌味である、とディアッカには思えた。
ちょっと待ってて、とあいつが食事のトレイを返しに行ったのを待つ間ちらりと視線をやってもそれは相変わらずで。
苛々、する。名前を呼ばれ、その隣に当たり前のようにいるアスランに。
わかっている、八つ当たりだ。それだけじゃない感情ももちろんあるが。
頼んでおいてなんだが、食堂から彼を先に出させ元同僚現仲間を振り返る。
「アスラン」
「ディアッカ?」
不思議そうに首を傾げるアスランに共通点を見なくもない。それがまた面白くなく、そうしてやはりあいつがする反応と違って可愛くはない。
アスランのあいつに向ける感情は多分俺と同じ。誰にも見向きもしなかった奴が一人に向ける優しくも熱い視線は。
分からないのは。
(自覚があるのかないのか、だよな)
知らなかったことだが案外鈍いこのお坊ちゃんだ。自覚がなくても驚きはしない。
「あんまり余裕こいてるとさらわれても知らないぜ?」
「何を?」
心底不思議そうなアスランの顔に言葉をかぶせる。
「あいつ。」
視線だけで扉の方を指す。すでにその姿は見えないが、誰のことかはいくらアスランでもわかったはずだ。
唖然とした元同僚、現仲間を残し通路を少し進んだところで背後で何か叫ぶ声が聞こえたが、戻ることも足を止めることもせずに。

……ああ、アスランのあの顔。メールでイザークに送れたら大笑いするだろう。







「何してたの?手伝えって言ったの君じゃないか。」
悪い悪いと答えつつもまただ、とジクリと感じる胸の痛みに内心で苦笑した。
(ずいぶんと重症だよな……)
名前でなく「君」という代名詞を使われただけでこうまで反応するのだから。
どうして名前を呼ばないのか。
もしかしたら、と非常にありえそうな事情に気づいて早速バスターに乗り込んだ少年を伺った。
「お前俺の名前知ってるか?」
「知ってるよ?」
質問と答えとをあくまで軽く問答ながら、口実ではあるが実際見てもらうためのプログラムを呼び出して駆動と連動の違和感を告げれば指は踊るように滑り出す。
そうしてまた問い。
「んじゃさ、なんで俺の名前だけ呼ばないわけ?」
「そうだっけ?君の思い過ごしじゃない?」
「おっさんとかアスランとかの名前は普通によんでるくせに、俺の名前は一度も呼んだことがないね。」
「じゃあ言うけど。」
喋りながら平然とキーボードを打っていた手を止めて。
「君も一度も僕の名前呼んだことないって知ってる?」
「……は?」
「もしかして気付いてないの?」
訝しげに言われ思い返してみる。
(考えてみれば確かに……)
意図したわけではないが、呼んだことがない。
自己紹介などしなくても人の話に耳を傾けていれば相手の情報などすぐに知れた。ましてよく顔を合わせるものである。
記憶力が良いのが吉とでたか仇となったか、自分でも分かってしまう事実に唖然とした。
というかむしろそれをきちんと知っていた彼に。
知っていた、ということは注意を払っていたということで。
嬉しいのだと思う。若干の期待くらいしてもいいんじゃないかと思うほどには。
「僕だけ呼んで呼んでもらえないのって癪じゃないか。」
「……お前って案外負けず嫌いか?」
「ほら。」
また言っていない、と指摘する。
なるほど確かにこれでは名前の名の字も入っていない。
お前、君。そんな代名詞の応酬は知らない人間にも使える便利な語ではあるが、ディアッカには不満であったのと同じようにこいつも不満だったということで。
その感情がどこから由来するものだかは生憎と分からないが。
「キラ。これで良いだろ?」
初めてその名を口にする。何度も何度も口にしてきた称号でなく代名詞でもなく。
「ディアッカ、やっと気付いた。」
にっこりと笑った奴はどうにもこうにも可愛いとしか思えなくて。
なかなかどうして毒されていると思ったが。

(好きなものは仕方がないだろ?)

たとえばこの先からかわれ続けるのだとしても。
たとえばこうやって振り回されるのだとしても。

この感情に捕まってしまえば逃れる術はない。逃れたいとも思わないけれど。


end