檻 -オリ-
10.道
とりあえず一呼吸。やっとそんな雰囲気になって、求めていた時間を得ることが出来た。
側に誰も居ないのを見て近づけば、隣に座ってもキラは何も言わなかった。
かつてない距離。
その近さに新鮮さを感じないでもないけれど。
「ありがとう。」
「何が?」
残ってアークエンジェルを援護したことか、それともキラとアスランの話を聞いて出て行ったミリアリアを追ったことか。何か特別なことなんてしてませんと、とぼけたように答える。
別にどっちに対しての礼でも良かったし、どちらにしてもキラの意識を占めるものを確認させられるだけでいい気分にはならない。
「で?」
何が『で』なのかときょとんと首を傾げて見上げてくるキラに言い直して。
「誰が何じゃないって?」
ああ、そのこと。とキラが笑う。
「違うでしょ?」
「嘘付け。」
笑って返したキラに即答で返す。
そんなディアッカにさらに笑顔のまま。
「だって今はフリーダムのパイロットだからね。」
確かに、確かに、その意味では間違ってはいないのだけれど。
屁理屈だ。
そう思って、そうしたいのかもしれないなんて思いもしなかった。
「ほんと無茶な奴。」
さっきの戦い方も、アスランと話しているのを聞いた感想も。
無茶か無謀。そのどちらかで片付いてしまう。
その後に付随するものが色々とあるけれど。
「気になって、危なっかしくて放っておけないっての。」
心外だと膨れ面をしてみせるキラは酷く子供っぽい。ここで可愛い、なんて思ってしまうのも医者に治せない病気のせいじゃないはずだ。
(ああ……ほんと目が離せないでやんの……)
もうその理由も、対象も、逸らしたりしない。
諦めた――――――認めてしまった。
二度と会わない、会えないというのが酷く答えたときに、もう。
認めたところで漫画ちっくで笑ってしまうけれど。
「にしてもなんでアスラン?」
「何が?」
「いや……だってほら、おまえ前はストライクのパイロットだったわけだろ?」
どうしてよりにもよってアスランの知り合いなのだ。それも至極仲の良さそうな。
趣味が似ているとしたら厄介だし、そうでなくてもなんとなく……嫌な感じだ。
その意味で言った言葉だったのに、キラはそうは取らなかったらしい。
「ああ……そうだね。君にとっても僕は仇だ。」
えっと、戸惑って口ごもる。
鋭くなったような気配。
「僕を、殺したい?」
うっすらと張った氷の上。踏み込めば破れてしまいそうなそんな危うさが漂う表情。
怖い、わけではない。
それでも。
「……まさか。」
擦れた声で捻り出す。
のまれてはいけない。急に無邪気さを捨て、変わった雰囲気に飲まれる前にそんなことを考えてなんかいないことをちゃんと伝えないと。
「お前、いい加減人を見くびるのやめろよな。」
息を飲み込んで吐く息とともに言葉を吐き出す。
見つめる先は、平静を装った紫の瞳。
自分の色よりも明るいんだ、と今になってやっと思った。
「俺はちゃんと分かってた。なのになんで残ったと思ってんだよ。それで、ちゃんと分かれよ。」
「でも……だって君は”人殺しの自覚”はあるかって聞いたじゃないか。」
「は……?」
いつ、と思ったのもつかの間、優秀なコーディネイターの脳はちゃんと憶えてくれていて。
(まずい、かなりヤバイ……)
ただ単にこっちに意識を向けたくて苛めただけですなんて言ったら多分マズイ。
根本的に鈍いのだ。
気になる子をいじめたいなんて心理を理解しろというのは多分出来ないだろうし、言うのが嫌だ。
―――――――自覚なんてなかったけれど。
「あ〜あれな、あれはほら、アレだよ。」
「アレって何?」
胡乱気な顔。焦りながら言ってしまってもいいだろうかと考える。
目の前に鉄格子はない。
今度こそ――――――逃がしはしない。
「あんな話じゃキラがストライクのパイロットってことくらいすぐ分かったから……知りたかったんだよ。」
嘘じゃない。それでも逃げた事実に少し情けなくなる。
まずはキラに逃げずに意識してもらうこと。
それができなきゃ打倒アスランやミリアリアなんて言っていられない。
「悲しいかな、ってな。」
「何が?」
聞こえないような独り言のはずが、ちゃんと聞こえていたらしく。
「や、ほら。どうせ終わったわけじゃないんだろ?仮眠とっといた方がいいんじゃないの?」
「でも……」
「眠れないなら添い寝してやるけど?」
「……ムゥさんと同じこと言わないでよ。」
「誰だよムゥさんって……」
え、と顔を上げたキラとしばし見合って、同時に噴出す。
「あの人、あの軍服腕まくりしてストライクの指示だしてる人。」
「あーあのおっさんか。」
「おっさんって……まぁそっか。そうだよね……もう30近いって言ってたし、うん。今度みんなちゃんと教えるよ。」
言ってから、そろそろと。
「憶えて……くれるんでしょう?」
そうやって見上げられて、断れるくらいならここに残っていない。
残るつもりであることを確認するキラに笑ってみせて。
「キラの世界を知りたいしな。」
我ながらくさい台詞だとは思う。
だが、それが正直な心境で―――――というよりはそれ以外に知りたいと思う理由がない。
パッと俄然輝いた顔で走り出そうとしたキラに。
「キラっ」
「なに?」
手を握って引き止める。去っていく足音が聞こえない。
ちゃんと止まったことにまた知らず息を吐いた。
「今度は追いかけるぞ。」
いつ、とか。何で、とか。そんなボケたことは聞かなかった。
―――――――多分、自覚があったのだ。
「今度は追いかけるけど逃げんなよ。」
「……逃げても追いかけてくれるでしょう?」
またどこか不安そうな、自信のなさ気な顔。
こんな顔が隠れていたなんて、距離と暗さがあって分からなかった。
「もちろん。捕まえて、とことん聞いてやるよ。」
檻の中からでは見ることの出来なかった満面の笑顔に。
手を握ったままそっと距離を詰めた。
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FINISH
長らくお付き合い頂き有難うございました。
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