ESCORT -The three-


紅い軍服の裾をはためかせてシホは通路を辿っていた。この区域は現在ほとんど通る人間はいない。
ここが宇宙でさえなければカツカツ、と音がしたことだろう。
急いでいるというわけではない。どちらかといえば不機嫌なためだ。

それもこれも先程下った命令の所為で。

まったく冗談ではないと思う。
別にラクス・クラインが嫌いなわけではない。
行方不明だという噂がアカデミーで出回ったときも同情はしたしナチュラルに憤りも感じた。でも、だからといって。
「女性の方が何かと気が回るだろう。幸い今回は君がいることだ。ラクス嬢のお相手をしてくれたまえ。」
嫌味なほど穏やかに。寒気がするほどただ仮面で隠された顔の中口だけが笑みを刻み。
――――――――――女だからというだけで押し付けられるのが嫌だ。
同じ性別の方が気が回る、それはどうだろう。自分と彼女とでは大分違う。それに警護ではなく
―――話し相手、なのだその位置づけが。
だが直接の上司ではないがジュール隊長のさらにその上から言われてしまえば当然ながらシホに拒否権などない。
たどり着いた部屋の端末に
「どなたですか?」
柔らかな声。小鳥のような可憐な声は自分とは正反対の性格を象徴しているようで気が重くなる。
―――これでも仕事なのだ。
「クルーゼ隊長よりラクス嬢のお世話を命じられました。」
「伺っておりますわ。お入りになって下さい。」
使用人の一人も連れていないのか本人の承諾の元シホはその扉を開けた。
自分たちが使っているのと同じ2人部屋の部屋。ベットとデスクと必要最低限の備え付けの家具。その上に何処から持ち込んだのかティーカップとポット。不似合いのそれに眉をしかめるより先に。
「こんにちは。」
鮮やかな色彩を持つ人の隣に。
自分と似た色彩で自分とは全く違う穏やかなボディーガードだという少年がいて。
我知らず、憤りを覚えた。







少しお待ちくださいね、とラクス嬢が立ち上がり止める間もなく紅茶のポットを取り上げる。お客さんにお茶を入れるのだと、そのまま大して広くも無い部屋のレストルームに姿を消した。残るのは『キラ』とシホだけだ。
どうするべきかと思わず彼の方を向けば、視線が合った途端に彼はふわりと笑う。あの笑みだ。シホが初めて見て気になった要因の一つ。
「女の子なのに赤なんだ。凄いね」
賛美のはずだった。けれど自分でもわからない感情が妙に怒りを刺激する。自分よりもよっぽどひ弱そうな彼に『女の子なのに』と言われたのが馬鹿にされているように思えた。
軽く作った拳をシホは躊躇いも無く打ち上げる。
パシッ。
驚いた顔で彼は拳を受け止める。正確にはその腕を。
戦闘訓練は苦手ではなかった。体術も上位十に入れるほど強い。そのシホの突然の攻撃をあっさりと止めてしまったのだ彼は。
なるほどエルスマン副隊長たちの言っていた通り見た目通りではないということか。
「女でも実力があれば赤を着れる。女だからなどと言われる所以は無い」
困ったように彼は逆の手で頬を掻く。
「うん。知ってるよ。だから凄いんだなって思ったんだけど」
まだ言うかとギロリ、とシホが更に睨み付ければ本当に困りきったように口ごもるのだ。さて、どうしようと。
本当にこんな奴のどこが先輩たちの揃いも揃って怖いと言わせる人間なのだろう。確かに見た目通りではないのだろうが……
じっと観察するように今は近い顔をよくよく見る。
軍人で女にしては背が高めのシホとは元々身長差がそれほどないから拳を握られたままの状態でもどちらかに負担はないしよく顔が見える。
間近で見ると意外に整っていることが分かる。
ジュール隊長のように鋭い美ではない。ザラ隊長のように冷たい美でもなく、アルマフィ副隊長の可愛らしさとも違う。エルスマン副隊長とは比較するのも問題外だ。
色が地味だから気づかなかった。
血が逆流する。
肺から送り出されて循環して戻ってくるはずの血液が顔に、頭に集中しているようだ。
「シホさん?」
どうしたのか、と更に覗き込んでくるキラに慌てて首を振る。赤い顔でそんなことをしても意味が無いなどという理性はすでに残っていない。
「なっなんでもないっ」
ぶんっと勢いよく手を振り払うと、あっけなく離れてしまった。まるで力など入れていなかったかのように。
その事実にまた一つシホは苛立つ。
捻り上げて力で押さえつけていたならわかる。根本的な力の差は如何ともし難い。だが。
ほんの僅かな間でも跡が残らないように人の拳を止める余裕まで持って。
「……どうしてザフトじゃないんだ」
さらにきょとんとした少年はシホの顔の赤さと言動の不思議に簡単な結論を下す。
「やっぱり熱でもありますか?」
伸びてくる手を潜り抜けて、入ってきたところで止まっていたために後ろは無いから横に横にとずれる。
熱など無い。どうしてそう短絡的というかずれた方向に話を持っていくのかと頭を抱えたい心情で、レストルームのドア近くまで来た瞬間。
シュン、と軽い音がして丁度良いタイミングで歌姫は姿を現す。
椅子にも座らず立ったまま移動していて尚且つキラが追っているという妙な構図にことりと小首を傾げる。
「あらあら。キラ何をなさっているんですの?シホさんお座りになってください。すぐに紅茶が入りますわ」
「熱があるんじゃないかと思って」
「まあ、いけませんわ。コーディネイターでも優秀な方でも体調が悪いときはありますもの」
頬に手を当てあらあらまあまあとでも言い出しそうな少女にぶんぶんと思い切りよく首を振る。
「いえ、今はご挨拶に伺っただけですので失礼しますっ。用があるときはお呼びください」
言い捨てるようにして部屋を辞して通路を駆けるように飛び去る。どこに向かっているのか自分ですらわかっていなかった。
やっと息を吐いて見れば、掴まれたその腕に痕はない。
けれど熱くなった顔は中々元にもどらなかった。


*日記連載だったシホキラ。キララク基本のものをオフに移行したのでそのまま放置していましたが、お題でこの設定は使う可能性があるので上げました。
イライラするのも、ドキドキするのも。それはどちらも意識がそこに向かうから。
それにしても終わりがいつも似たり寄ったりで進歩がみられない……

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