どうしてこんなに騒がしいのだろうか、とシホは一人眉を顰める。
騒がしい――――その騒がしさは浮かれていると言って良い。
クルーゼ隊に配属されて早3ヶ月。下された命令はザフト勢力下の砂漠への降下だった。
さすがにクルーゼ隊長は残るとはいえ、皆で降りていって何をするかといえばどこか占領するだとか極秘裏の奪取作戦だとかそういった作戦でもない。
他にも何かあるのかもしれないが、とりあえず目下のところはかの有名なヘリオポリス戦で奪取したGと言われる機体の改良のためだった。
パイロットの腕もあろうが、今でも十分に戦果を上げている機体をこれ以上良く出来るのもなのか。
そもそもどうして本国でなく地球に下りるのか。
技術面にしても、環境面にしても本国のほうがよっぽど整っているに違いない。しかも行くのはレジスタンスと重火器で小競り合いがあるという砂漠だ。戦闘機でも戦車ですらない人間が直にバギーに乗り込んでバズーカなり爆弾なりを持って戦うという未発達な地域。
軍人として花形の宇宙を離れる地球降下のどこがそれほど嬉しいのか、シホにはさっぱりと分からなかった。
さらに見えた緑服の金髪に思わず素直に顔を顰める。
「よっ、シホ。なに憂鬱そうにしてんだ?」
悪く言えば軽佻浮薄、よく言えば明朗快活な先輩は軽いのが玉に傷で、優秀だといわれるクルーゼ隊の尊敬する先輩の中でもミゲル・アイマンとディアッカ・エルスマンはシホの中で好ましくない位置に居る。
「何か御用ですか?」
「いんや。後輩が歩いてたら声掛けちゃいけないのかよ?」
「裏があるとしか思えません。」
「うっわ〜相変わらずキツイな。」
はっきりきっぱり言い切ったシホに冷たいねぇとカラカラと笑うところは常と同じだというのに、どことなく彼もまた浮かれているように見える。
要するに知っているのだ。降下する先になにがあるのかを。
「一体この騒ぎはなんなんですか?」
聞いて、素直に教えてくれるかは甚だ疑問だったが軽い代わりに面倒見も良い先輩はニヤリと笑う。
「シホは地球初めてだっけ?」
「……そうですが?」
だから一体なんなんだと訝しむシホにいやいや、と大仰に手を振って。
「行ったら分かるさ。なんせ今回はそれこそが目的だからな。」
やけに意味ありげな顔を見て嫌そうにシホは顔を顰めた。
太陽がカンカンと照り刺す。重力がまとわりついて鬱陶しい上にこの日差しはどうしようもなくシホを脱力させ、憂鬱にさせる。にもかかわらず回りはやたらと元気で、やはり一体何が面白いのかさっぱりわからない。シホと同期の人間は生憎と降下組みにはいないのだ。
人口世界で生きていたコーディネイターにはこの過酷な大地は似合わないのだろう。先進的に優れているからといってもやはり生まれ育った環境はやはりものを言う。ナチュラルでも住んでいられるというのに、シホは好きになれそうに無いと思った。
「アイマン先輩……行ったら分かると仰いましたよね。」
どこが分かるんだ、と言外に含みを持たせてジト目で問う。
「あれあれ。」
そんな一人不機嫌なシホに嫌いな先輩は意地悪く笑い、彼を指差した。
そうしてシホがそれを視界に捕らえるより先にミゲルは大声で呼ばわった。
「キラっ!」
きょとんと視線をこちらに向けるのはオレンジの作業服を着た少年だった。
目線は、ほとんど変わらないけれど僅かに高い。
平均的な体格なのだろうが、軍人もしくは予備軍人ばかりを見ていたシホにしてみたら随分と小柄だった。小柄という点ではアマルフィ先輩の方が小柄ではあるが雰囲気の違いだろうか?ほのぼのさせる雰囲気は似ているような気もするのに、受ける印象はまったく違った。
いうなれば小動物系。どことなく手を伸ばしたくなる風情で保護欲を誘う、というのはこういうことかと思わず納得する。
そうして小走りに駆けてきた少年は抱きつかんばかりにタックルをかました。
「ミゲル!久しぶり。」
「おう。相変わらずだなぁ。」
「うーわ。嫌味。相変わらずよろけもしないで。」
「そりゃキラはウェイトがないじゃん……ってかおまえまた細っこくなったか?」
「これでも地球に来てから3キロは増えたよ!」
いったいこれはなんの騒ぎだ、と思わずには居られない。宇宙での疑問の比ではない。
大概この人は騒がしくやかましいが、こんな開けっぴろげな笑顔を振りまく人間でもない。ニヤリ、と口の端で笑うような意地の悪そうな笑みか、大爆笑かのどちらかだ。
だからこそ好きではなかったのに、と訝しげに二人のやり取りを見守っていたシホをやっと思い出したのか、それともスキンシップに満足がいったのか少年を下ろしてくるりと向けた。
「キラ、会うの初めてだろ?こいつ俺らの後輩。」
「今期の赤?」
ぐいっと前に出されて向き合う形になった紫の瞳がキラキラとシホを見た。大きな目だった。
わけもなく、どきどきと脈拍数が上がる。
訓練の一環で感情の抑制もならってきたというのに、そしてそれは悪い成績でもなかったというのにこの高揚感はなくならず、上ずった言葉で名前を言うのがやっとだ。
「シっシホ・ハーネンフースです。」
「よろしく。僕はキラ・ヤマト。」
にっこりと差し出された手にためらいがちに見る。
まさか、折れてしまうことはないだろうが力を入れたら折れてしまうような気がする。そんな雰囲気で、おそるおそる握る。
握った手は小さくもなく、陶器のようでもなく、温かくて軍人らしく少し硬かった。
勿論握り締めても折れることは無かったし、思ったほど細くも小さくもなかった。やっぱり軍人にしては細いと思ったけれど。
「おーい、シホさん?」
知らず知らず考え込むように俯いていたのか、その紫の瞳に覗き込まれてぎょっとして思わず握っていた手を振り払うように大げさに引いてしまった。
いい気はしないだろうが、それを慮る余裕もなかった。だから隣に居たミゲルがさっと顔色を変えたことにシホは気づかなかった。
「ごめんね。びっくりした?」
「ええと、その……すいません。ちょっと暑さにボーっとして……」
苦しい言い訳だ。普段のシホなら絶対そんなことは言わない。それが本当であったとしても、他人に見せるようなことはないはずだ。僅かに上気した頬を自覚しながら、だがそれは決して砂漠の暑さの所為ではないことを分かっている。
「何照れてんだよ。キラがあんまり可愛いんで襲いたくなったか?」
「僕、可愛くないよ。可愛いって言うのなら女の子のシホさんの方がずっと可愛いでしょう?あっでもシホさんは美人、かな。」
「いや、お前は可愛いから。つーか自覚でたかと思ったのになぁ……」
「えー自覚なんかあったらキラじゃないじゃん。」
ひょいっと新たに出現したラスティが憮然としたキラにひらひらと手を振って口を封じた。
彼ともまた知り合いであるらしいキラはやはりニッコリと笑ってどうしたの、と聞いていた。それはシホもミゲルも不思議なことで、ストライクに搭乗している彼は他の同期四人と一緒に先行して説明を受けているはずだった。
「なんだ。もう説明は終わったのか?」
「いや。説明始めるからキラ呼んで来いってさ。」
残念そうに問うミゲルにジャンケンで勝ったの、と返すラスティの言葉にどことなく嫌な予感を感じるべきであったのに。
自分の赤い頬で手一杯で、どうしてジャンケンなどする必要があったのか――――面倒ならば一般兵を行かせれば良い――――まったくシホは気づかなかった。
「照れでもあんまそういう態度とってると嫌われるぞ。」
「余計なお世話ですっ!」
ラスティがキラを連れて行くのを見送って大分たったころ。
我に返って叫び返す。
ありえない。元々喋るのはそう得意ではなかったが、そこまでキライなわけでもない。
ただなぜかあの顔を見ていると言葉が出てこない。頬に血が集まる。
「あっやっぱ嫌いなわけじゃなかったか。」
「当たり前です。」
嫌える人間がいるなら是非ともお目にかかりたいものだ。
あの小動物のようなかわいらしさ。それでいて彼はきっと優秀なのだろう。でなければこの先輩もラスティも可愛いだけで構ったりなどしない。
「そりゃごまんといるだろ?誰にも嫌われることがない奴なんていたらお目にかかりたいもんだね。」
皮肉げな口調は過去に何かがあったことを予見させる。
そういえばずいぶんと親しそうではあった。もっともラスティであろうと、誰であろうと親しいかどうかは別としてシホよりはキラのことに詳しいはずではあるが。
「でもまあキラを嫌えるやつなんざ滅多にいないわな。居ても即座に消されるし。つーことでお前も俺たちと同じ同士ってことだな。」
「俺たちってもしかして……」
嫌な予感を憶えてシホは若干顔を引きつらせてミゲルを仰ぎ見る。
「おまえなんで降下がそんなに嬉しいんだって聞いてたよな。これで分かっただろ?」
怒鳴り散らしても矍鑠を感じずにすむという点ではありがたいが、キライな先輩と好みが同じだというのは酷く納得がいかないことだ。
だがいかんせん。
火照った顔の熱はなかなか引かなかった。
とりあえず地球勤務キラはこういう設定で。ミゲル&ラスティVSシホ。シホの尊敬する人はジュール先輩で挙動不審に陥るのがキラで嫌いから要注意人物に変わるのがミゲルさん。はたしてどうなるラスティの位置づけ(笑)お題の「嫌い」の使い方が激しく間違っているような…
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