■◇世界を敵に回しても◇■


世界がオーブを攻撃する。それはもうナチュラル対コーディネイターという図ではなくて。正義もなく、大義名分というのならむこうに十分利があって。
それでも。
守りたいのだと泣く人がいるから。一生懸命な人がいるから。
それになにより自分自身、亡くしたくなかったから。守りたかったから。
剣をとる。何処にいたって、天を切り裂いて地上に降りる。
其は地上に堕ちた翼持つ者。
絶対的正義ではない。むしろそれは最終悪とでも呼べる。
それ以上の力はなく、それ以上の障害もない。
世界を害する意思はなくても守るものが違えば悪と呼ばれることは多々ある。
至上の牙は一度は英雄と呼ばれ、そして今は悪と呼ばれる。
歴史の循環だ。所詮正義など一つどころにはないものなのだから。
ああ……
「これじゃ誰が敵なんだかわかんないね。」
溜息を一つ。深い、深い息だ。
憂えるのは世界の行く末などではなく、己の現在地位でもなく。
もっと利己的で、もっと複雑な人間心理。
正義でいたい、という思いは当然あるけれど、それだけが全てと言ってしまえるなら元々悪と呼ばれるようにはならない。それよりももっと大切なものが彼にはある。
例えば。
「世界を敵に回しても、俺はおまえの敵にはならないよ。」
そんな台詞を恥ずかしげもなく言ってみせる男に目を向ける。
包帯だらけで酷く痛々しい格好をして、それでも精一杯身を起こして笑ってみせる。
ああ、この身が自由に動くならおまえ一人にそんな役割振りはしないのに。
そう言いだしそうなヒト。
自分が来る前は身を起こそうともがき、できないことに悔しそうに拳を打っていたことを知っている。それでも今笑ってみせるのはそれが自分を安堵させることができると知っているからだ。
「だから安心して戻ってこい……キラ」
必死さを押し隠して手を伸ばす、彼の手は冷たいだろうか。
緊張すれば人の手は冷たくなる。ひんやりと体温を落とし、筋肉が硬くなり……
「ばかだなぁ。」
そんなことをしてもいいことなんてないのに。
それは彼もまた悪になるということだ。守るものが違うから。
ああ、ともう一つ溜息。今度はその後に笑みを乗せて。
「真っ先に敵対したヒトが何言うかな。」
「あれは別に敵としてみていたわけじゃない!」
だから攻撃はしなかっただろうと言う男にそうだっけと首を傾げてみせる。
悲壮な空気なんていらない。戻ってきたいと思えるくらい明るく出て行きたい。
例えばこうやって。

「じゃ、行ってくるね。」

頬にキスして踵を返す。
後に残った驚愕の顔がきっと見ものだ。



***



”世界を敵に回しても、俺だけは敵にならないよ”
そういう台詞を聞いた。
盗み聞きではない。病室の関係でどうしたって聞こえてしまう場所にいた人間に聞いただけだ。
「そんなカッコイイこと言ったんだ、あのヒト」
へーふーんと感心したように聞いた少年は相槌を打つ。だが、それを教えた当人は、それに対しては即刻首を振った。
「ないない。」
「なんでだよ?」
「だってあいつの世界ってキラ中心に回ってるんだよ。」
「……」
「そんな奴がそんなこと言ったって最初っから世界ってのが違うんだから意味ないだろ。」
そうかもしれない。
世界の中心が一つに決っていたら、それがその人間の世界だ。中心があるからこそ世界は回る。
だからそれは酷くなっとくできることではあったけれど。
「……あんたも人のこと言えないと思うけど。」
「なんだとっおまえだって人のこと言えるのか!」
ボソリと返した台詞にテンション高く叫ばれて、ついついムッときて顔を顰める。
確かに人のことは言えない。最終悪と呼ばれた機体にのる人は相対した自分にまでとても優しくて、けれど厳しくて――――泣きそうで。
絆されたのはどっちだったのだろう。彼の泣き顔に自分がか、それとも幼い自分に彼がか。
どちらにしろ、そのときに世界の中心が変わったことは否定しない。
そして今があるのだから。
だがしかし、怒鳴られたら怒鳴り返す。それがこの世の鉄則だ。
「つかおまえおまえって言うな!」
「おまえだってあんたとか大概失礼だぞ!」
「失礼しました、アスハだいひょー」
「くそっ誠意がないぞシン・アスカ!!」


ぎゃーぎゃーと激しい言い争いのどこかで、くしゅんとクシャミをした男がいるとかいないとか。
―――――――――目撃者は一名のみ。



*カガリとシンは仲良しです。キララブ同盟。
キララスボスを書きたかっただけです…どうやっても悪役にはできないのでこうなりましたが!アスランの世界はいつだってキラ中心。

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