「あっシン!ちょうど良いところに。」
明るい声がやたらと響いてシンは足を止めて振り返った。
「ルナマリア?ってレイも一緒にどうしたの?」
振り向いて声の主である彼女だけでなく、もう一人の同僚が隣に並んでくるのを見つけてシンは疑問符を浮かべて見せた。特にルナマリアからは緊迫した様子は伝わらなかったが、ちょうど良いという言葉はどうもお喋りのお誘いというわけではなさそうだ。
「議長が呼ばれている。」
「……今日召集あったっけ?」
「ミネルバ搭乗のパイロット三人に、だ。」
そうきたら説明することなどないだろうとばかりに端的に顔を顰める間もなくシンは両脇を固められて連行された。
階段の上の人≪階≫
「ZGMF-X56S」――――――インパルスガンダムと名の付いた最新機は機密事項の機体のことだけに、それは議長自ら指示することが多かった。多いといってもそれはたかが知れているが。
ルナマリアとレイとシンと。前者二人は機密として扱われるものの搭乗予定者ではなく――――すでに自分の機体を持っている――――それでも今回は共に議長に呼ばれ、呼ばれた部屋の扉を開けたのだった。
室内に先人は二人だった。一人は当然ながらギルバート・デュランダル議長その人である。もう一人は艦長でも護衛、という風情でもなさそうだ。
レイが僅かに眉を顰め、ルナマリアが小首をかしげる。シン自身は議長の影になって良く見えず、その反応をいぶかしげに見た。
「ああ。三人とも来たね。」
三人のそんな様子は意に介さず、にっこりと穏やかに三人を呼び出した本人はさっそく本題を突きつけた。
「君たちの訓練の講師をしてもらう。キラ・ヤマトだ。」
紹介された誰か、を見るよりも先に。
(すでにアカデミーでの訓練は終えている自分たちに訓練講師?)
アカデミーを卒業したとて訓練が怠れないことは分かっている。事実彼らの最近の仕事は演習ばかりだ。それはシュミレーション然り、実際に機体を動かすこと然り。誰の方針だか「シュミレーションはシュミレーション。実際に機体を動かすことが大事だ」というのが停戦直後から決まったそうだ。それはある意味では心理であるがこのご時世にはそぐわない心理でもある。そもそもそれでは以前のアカデミーが実践重視でなかったような言い方だ。
どうにもしっくりとこないが、今までシンにこれといった問題は降りかかってこなかったのではっきりとそれを意識したことは無かった。だが。
(……その結果がこれなのか?)
見た目だけで判断するならばそれはとてもではないが、実戦経験豊富な講師には見えなかった。
カツン。
促され一歩前に出たことではっきりとその姿を掴む。
戦闘の講師、と呼ばれるには随分とほっそりとしていて頼りなく、お世辞にも強そうには見えない。
――――――――それがMS戦であるとしても。
さらさらと柔らかな髪は一般的にはともかく本人にとっては若干長いようで、落ちてきたサイドの髪を耳に掻き揚げる。その拍子に紫の目が露になって、シンは一瞬固まった。
何だというのか。良く分からない。ただ視線を逸らせない、呪縛。
まとわり付く視線に気づいたのか大きな紫の瞳とあうと、彼はニッコリと微笑んだ。
どう返して良いか分からずにシンは反射的に笑み返すように引きつった顔を返した。
一方で。
「……それは軍服ではありませんね。」
「軍人というわけではないからね。」
レイの指摘に議長は穏やかに返す。
聞かれるのを想定していたのだろうとシンは思う。まあ予想できないわけが無い、もっともな質問ではあるけれど。
「軍人ではない……?」
「軍人ではなくともMSに乗れる人間などいるのは知っているだろう?」
例えば傭兵であるとか、例えばジャンク屋であるとか。MSというのはかつてはコーディネイターの特権であったが、それすら今はもうない。軍人であれ、民間人であれ、地球軍であれ、ザフトであれ――――オーブであれMSを所持することができるし乗ることも出来る。
だが、彼らは仮にも赤を纏うザフトのエリートパイロットなのであって、いくら戦時下でないとはいえ軍人でもない青年に劣るとは思えない。しかもこんな……
先程のように目が合わないようにちらり、と見てシンは小さく頭を振る。
はっきり言おう。ルナマリアの方がよっぽど強そうだ。
「あれは機密事項でしょう!?」
「それなら問題ない。彼は製作過程から関わっているからね。」
何が問題ないんだと突っ込む前にさらりと言われ、レイもさすがに絶句する。その代わりに涼やかな声。
「そうしなければならない状況に追い込んだ人はどこの誰でしょうね。」
穏やかなのに冷たくも聞こえるふざけて見える半眼で言われた台詞に驚く。
「さあ。運命かな。」
「……顔の皮厚すぎですよ。それ。」
シンだけでなく、ルナマリアもぎょっとしたように一歩引く。レイは逆に詰め寄るように一歩前に出た。議長やこの青年の前でなければ耳を念のためとしてふさいでおくのに、さすがにそれは無理そうだ。
「貴様……」
「レイ、いい。彼の軽口は流してくれ。」
ますます不振気な顔で睨み付け、それから議長に不満気な視線を向ける。
「詮索は禁止だ。」
そのレイの視線を受け取ってさえ議長は笑みを含んだまま。
「ああ。すまないが私はそろそろ行かなくては……キラ、逃げないできちんと面倒を見てくれたまえ。」
「わかってますよ。っていうか逃げる場所もないし。」
ひょいっと肩を竦めて堪える青年にそうだね、と議長は気安く返す。
それがどういう意味かわからずにシンとルナマリアはレイの影で視線を交わす。
けれど当然忙しい議長がそこまで面倒を見てくれるはずもなく、困惑した雰囲気を残してあっさりと出て行かれ、彼らは顔を見合わせたまま放置された。
この空気。
どうにかしようと行動するのはレイはまずありえない。今も警戒心あらわなオーラを放っている。シンも生憎とそんな雰囲気の中で和やかな話を向けられるほど人間関係に器用なほうではない。
とすれば、当の本人かもう一人のルナマリアしかいない。
「ええと、ヤマト先生?」
さすがに抵抗があるのか、ルナマリアですら戸惑い気味に呼びかける。
「キラ、と呼んでくれて構わないよ。」
ふわりと笑う。議長の常の微笑とも違う感じの良い笑みでも、軍人にありがちな太い笑みでもないそれは珍しくもあり感じがよくもあり、それ以外の感情もあって。
あ、と思う。
「じゃあ、キラ先生何からやりますか?」
「今日の訓練はどこまで終わってる?」
「基本事項は終了しています。」
「じゃあまずシュミレーションからだね。僕は君たちの実力も知らないし、君たちも僕がどれくらいできるか不安だろう?」
勿論それに異論があろうはずがなかった。どんなにこのキラという人が強そうに見えなくても、自分たちにはたして講師が必要なのかと思っても、苦情を言う人間がいなければどの道何かをやるしかないのだ。
シュミレーションであれば少なくとも機体は傷つかない。いくらエースパイロットといえども実力が分からない相手に双方の機体の損傷なしに訓練を終えるのは難しい。できると思って実はさっぱりで一刀両断ではシャレにもならない。
「じゃあ始めようか。」
なんでもないように言ってのける青年――――キラに。
アカデミーで培われた自信など簡単に突き崩され。
俺たちはその強さを数分後知ることになる。
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<階-きざはし->
設定ばっかり酸いも甘いも無く、つまらなくてすみませ……
多分続きます。連載というよりシリーズなのでとりあえず短編に収録。
本人の感じとしては一話完結型なので1本2本で終わらなかったら部屋作ります〜
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