ブルーコスモスから巻き上げた、もとい倒した連中の根城の一つが目を見張るような風体で立っていた。
瀟洒な庭園の向こうの洋館。
プラントにもそんな建物は無いわけではないけれど、そこだけ世界を隔離させたようなのどかな田園風景は彼らが居た場所に酷く似合わない気がした。
階段の上の人番外≪憩≫
客室にはご丁寧に服も皴のないシーツもあって、休息には問題なさそうな屋敷だった。
ただ無駄に豪華な天蓋つきのベットや妙に弾力のあるスプリング。クローゼットの中には黒いフロックコート。さすがにこのままずっとパイロットスーツでいるのも困るので、応援が来るまでは他に服の無い彼らは拝借することにしようと思ったが、どれもシンには少々気恥ずかしいもので、嬉々としてキラを見上げるルナマリアとは違い苦虫を噛み潰したような顔で彼はキラを見た。
行動の決定権はキラにある。服一つについては自由が認められてもいいものだが、心理的にそれがなかった。何しろ今の行動事態も習性的なものであり、本来ならここでキラに従わなければならないということもないのだから。
軍事的には軍人でないキラに拘束力はない。彼はただの戦闘術講師なのだ。デュランダルの頼んだ家庭教師と言っても良い。
それでも抜けない師弟関係に視線を受け、キラはレイにそれを向けてから一つうなずく。
「しかたないね。コレしかないみたいだし。」
言ってキラは自分の丈に合いそうなものを選んで一つ取る。誰のものだか分からないから一応注意深く確認しながらもレイも慣れてでもいるのか抵抗なく手に取った。
「ほら、シンも。ルナマリアはどうする?」
「私もこれでいいですよ。」
女の子だからおそらく出てくるだろうドレスを探す?とキラが言ったが、答えてシンよりも先にさっと取った。
「うんじゃあ着替えて階段下のロビーにに集合ね。」
「シン」
キラの決定とレイの無言の圧力にしぶしぶとシンもそれに袖を通した。
着替えが終われば次は探検をしよう、と言い出す。
広い屋敷内を見ておいて損は無い。むしろ、いくら表にいたブルーコスモスを排除したとて、それで全てというわけでもない。もし、ここで戦闘になった場合、人数と建物の構造知とで利は向こうにある。そんな少しでも不利な要素をなくすための意味も若干含めて――――所詮好奇心が一番である。
四階建ての建物は横に広く、一番実用的な部屋がありそうな一階を手分けしてみて回り、階を上がって最初に出会った二階の正面の玄関の真上に面する部屋は扉の間隔からしてそうとう広い。
扉の先には昔ながらの電気部品のない遊具が散らばっていた。
「へービリヤードじゃない。」
ルナマリアが言ってキューを手に取ってしげしげと眺める。プラントでも上流階級では今もパーティーの余興などで遊ぶために台を持っている場合もあり、ルナマリアも見たことがあった。
「ビリヤードって?」
「なーに、シンってば知らないの?」
「知らなくちゃ悪いのかよ。」
「別に悪いってわけじゃないけどね。アカデミー時代に遊んだりしなかった?」
「こんな時代遅れのゲームなんか……」
ドカっ。
シンの反論を閉ざすように、どこをどうしたらそんな音がいったいどこから出てくるのか。
驚いて振り向いた先には台の前で細いキューを手にばつの悪そうな顔で微笑むキラがいて。
今さっき打とうとしていたのだろう白い球がその衝撃でゆらゆらと揺れていた。
「「「……」」」
微妙な沈黙で見詰め合う三者の間に別の場所から溜息が一つ落ちて、すっとキラの手からキューが消えた。
カツン、と軽い音がして、またカツンカツンと次々にたった一回突いただけのボールが転がっていく。それは見事にキラから向かって右角のポケットに落ちていった。
「台を打ってどうするんだ。」
淡々と、身を起こしながら呆れすら含まないで言われた言葉に。
「凄いっ!」
ぱっと振り返って一歩退いて顔を顰めるレイに名前の通りにキラキラと輝く大きな瞳が向けられる。
「どうやるの?なんでそんな簡単に転がるのさ。」
「もう少し後ろを指全体で軽く持て。左でブリッジを作って……そうだ、親指と人差し指の隙間にキューを通せ。」
勢いに押されるように返したキューで持ち方と、構え方とを簡単に指示してキラが再び。
がつん。
先程よりはましとはいえ、やはりどう聞いていても普通じゃない音に。
「なんていうか、あれよね……」
「……不器用。」
ポツリと零したシンの呟きはコーディネイターの素晴らしい聴力でばっちりとキラの耳にも届いていた。
がつん、カツン、ガツン、と声はほとんどないのにずいぶんと賑やかな部屋は日が沈みかけてもまだそのままだった。始めたのは昼は過ぎていたが、それにしたってなかなかな時間が掛かっているにもかかわらず、聞こえてくる音のほとんどがガツン、で時折混ざる響きの良い音は見本に見せるレイのショットだった。
台を前に身を乗り出して難しい顔を作ったキラが唸りながらレイに伺いを立てる。
「こう構えて、ボールの真ん中を打つ?」
伸びてきた手が修正する。
「違う。」
一言、そのまま後ろから抱き込むようにキューを持つ手と挟む手とに自分の手を添えて構えを作ってみせる。
常よりもひだの多い柔らかな服が肌に触れ、それにレイの長い髪はキラの頬をくすぐった。
近くで見たその顔は冷たく整っているようにキラには見えて。
「ええと……レイ、怒ってる?」
恐る恐る近い位置にある顔を見上げて問いかける。
無理も無い。疲れているだろうに休ませることもせず、屋敷の探索はシンとルナマリアにまかせて関係ない遊びに付きっ切りでつき合わせているのだ。そのうえ成長が見られないのだから怒ってもしかたがない。
「いや。」
言葉少なに否定の言葉が返されるが、顔ははっきり言って笑っていない。あまり表情が豊かでないのは知っているが、怒っていないと思うほうが無理がある。
キラ自身、少し呆れてはいるのだ。
プログラミングだとかMSの操縦術だとか好きなものだったり必要に迫られていたことは天才、と言われるくらいで、嫌いなことはとことん出来ないがそれでもやろうと思えば人並み以上にはたいていのことは出来るのだ。
ただし。
『不器用』
シンの悪気の無い呟きが意外と効いている。
手先の細かい作業を有するものだけは別物で、こればっかりはどうにもこうにも人並み以下もいいところだった。
「気にするな。」
キラの顔を読んだようにレイが耳元にささやく。
低めの落ち着いた声はキラより一つ二つ下だというのによっぽど落ち着いていて耳に心地よい。
昔、側に居た”誰か”を思い出す。
言っていることもやっていることも顔もぜんぜん違うのに。
世話を焼いてもらうことが懐かしい、と。
心地よい、と思う。
「おまえは戦い方を教えてくれた。遊びを教えることくらいはなんでもない。」
カツン。
キラの手の上から手を重ねて打った白いボールは一つぶつかり、あっさりと赤いボールを落としていった。
「ほんと、上手だよね。」
「昔、ギルに教わった。」
「……さすが。あの人もお坊ちゃま。」
ピクリ、とそれまで変わらなかったレイの顔が僅かに動く。
後見人のことになると途端に顔の筋肉を動かす素直なレイにしてやったりと笑って。
「器用な人ばっかりでやんなっちゃうよ。」
「……おまえが不器用なだけだろう。」
「酷いなぁ」
さっきは気にするなと言ったくせに不器用だというのには念を押すレイに穏やかに笑う反面、意外と負けず嫌いなキラはレイを背にくっつけたまま、今度は自分で手を引いて押し出す。
初めてキューがまともな音を立てて。
「見た?」
ニッコリと笑ったキラの嬉しそうな顔はレイの呼吸を一瞬止める――――近すぎるそれは殺傷能力が高い。要するに人の例に漏れずこの人の笑顔が実は好きなレイはその笑顔のためにポケットに落ちた打った白いボールは見ないことにした。
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<憩-イコイ->
このシリーズ、本編はシンキラなんですって言って信じてもらえるんだろうか。
早くも番外でルナシン(こっそり運命では大本命)風味なレイキラ。
ビリヤードのルールは一度友人に習ったんですけどうろ覚え。打ったボールは落としてはいけないんだったような…?ということが最後の一文。ついでにレイと議長の関係にさらっと捏造かましてます。…そのうちおまけをウェブ拍手に書く予定。(ぼそり)
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