光量を落とした部屋で人影は二つ。だが話をするのは一人であり、もう一つの影は丸い不思議な物体と戯れているだけだ。どこか他の場所と回線でつながれている相手の話し声は聞こえない。一方だけの会話ではなにを言っているかなど正確に理解すべくもないが、最後の単語は何を意味しているのかくらいは分かる。
「ええ。分かりました。ではアーモリー・ワンで。」
ホットラインを切り、それでもまだ口元に笑みを浮かべたままの現在プラント最高評議会議長は、同じ空間に居る唯一の人間に向かって問いかける。
「ミネルバとインパルスは?」
問いかけられた側は小首を傾げるような可愛らしい仕草をしながら、だがしっかりとした答えを返す。
「完璧とはいかないようですわ。なにしろパイロットの育成に励んでいるから。」
「そういう指示を出したのは私だからね。」
仕方がないことだよと言いながら、だが仕方のないことだがまったく面倒なことになりそうだとまた笑う。
もっとも面倒なのは彼自身ではなく、彼の庇護する青年なのだが。
「キラを呼んでくれるかい?」
もちろんです、とにっこりと笑って了承の意を示す少女と丸い奇妙な物体が掛け合いのような会話をやりとりを交わし、ふわりと若干赤味かかったピンクの髪をなびかせる。
彼の意図したことだが、それは良く知られる彼女に似ていて。きっとキラは困ったようにだが懐かしむように相手をするのだろう。
それを想像した彼はふ、とまた口元を笑ませて。
「ありがとう。ミーア。」
何に対しての礼かは彼女は聞かないことにしている。
階段の上の人≪境≫
呼ばれて、何の用かと出向いたキラは聞かされた話に形の良い眉を顰める。
そんな可愛らしい反応に怯むわけがない議長は悠々と構えたままキラから吐き出される言葉を待った。
「アーモリーで進水式?」
「ああ。それは前々からそれとなく言ってあっただろう?」
「そうだけど……なんで僕は留守番なんですか。」
もはや疑問でもないただ不満そうなキラの文句は非常にもっともだ、と思われるものである。
なにせミネルバはキラがOSを手がけたものだ。一応の構築は終えているけれど、進水式に向けて最終調整をしなければならない。一緒に行くのと此処で離れるのでは掛けられる日数が違う。
指折り数えて後三日。さらに指を折ってやらなければいけないことを数えれば両手の指では足りなすぎる。
その間の訓練は休めるわけじゃないし、行っている間のことだって準備しなくちゃいけないし、睡眠時間が大幅に削られることは必至だ。
なによりどうしてここで自分ひとりが外されなければならないのだろう?
はっきりきっぱり理不尽だ。
確かに軍人ではないし、一番の功労者だなんて自惚れるつもりはないけれど。
「私が望んでいないからだ、という答えではいけないかい?」
やんわりとした微笑で言われ、キラは溜息を吐く。
「大人ってズルイですよね。」
所詮キラに拒否権などありはしないのに。わかっていてそう言うのだ。
キラの言葉に可笑しそうな顔を見せ、議長は言う。
「そろそろ君もその大人に分類されるころじゃないのかい?」
コーディネイターは十三で成人だ。それを言うならとっくに大人ではあるけれど。
十六歳のときは子供だと言われた。もちろんキラだって子供だと思っていた。
十七歳のときはほんの少し過信した。自分で全てきちんとできるのだと。
でも十八歳になったからといってこうやって軽くあしらわれている自分が大人だとは思えなかった。
「十八歳は大人じゃないって言えるし、子供じゃないって言える歳なんですよ。」
「それこそずるいというものではないかな。」
「何言ってるんですか。すでにそういう年齢を通り越してきた人が。」
いくら最年少の議長だといってもすでに三十路だ。
キラより十以上は当然歳を取っていて、キラがすごしていない年代だって通り過ぎたわけで。
「あなたのことだから境界人【マージナルマン】って言葉知ってるでしょう?」
昔どこかの国で名づけられた、子供と成人の境に位置するどちらでもない期間のこと。
一応一般教養でやる科目の中にあったその言葉は特別な意味なんてなかったけれど、最近とみに思い出される。なるほど、と思わせる事態が多いからかもしれないけれど。
「僕は今その時期なんですよ。」
きっと、と言うキラになるほどという肯定だけを議長は返す。
「博学だね。」
「雑学王がいたんで。」
ひょいっと肩を竦めて答える。
その雑学王は子供という言い訳を使うことも出来ず、ただ大人ぶっていたけれど。
本当は同じだって知っている。
「それで、できそうかい?」
「……無理にでもやれって言ってるのはどこの誰ですか。」
「急かしてしまって悪いね。」
飄々と全然ちっとも一向に悪びれていない様子で応じる議長に、はぁぁぁとここ一番で盛大な溜息をこれ見よがしに吐いてキラは恨みがましく見ながらせめてもの抵抗を試みる。
「レイがあなたみたいな大人にならないことを祈りますね。」
「子供は生みの親より育ての親に似るものだよ。」
微妙な顔をするキラにもう一押しするように。
「遺伝子よりも習慣、ということさ。」
どっちもどっちだと思いながらキラは睡眠時間を思って暗澹たる溜息を吐いた。
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<境-サカイ->
黒いんだか甘いんだか微妙な議長とミーア。
しょっぱなからむしろ番外編な勢いですが、まあ序章ということで。
遺伝子の親も育ての親も黒いじゃ……?と言う話。
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