三人揃って受け取った議長護衛の任務に別段感慨も何もなかった。ただミネルバで行き、それから進水式だといわれたことにやっとか、という思いはあったけれど。
キラが来て以来任務も訓練の一環のようなものでキラも付いてくるか、一日で終わる作業や護衛だけだった。
任務といってもシンたちが配属されたグラディス隊は母艦が製造中で宇宙に出るわけじゃないからパイロットは元々暇で、そもそも戦争は終わったのだからMSのパイロットなんてそんなものなのかもしれないが。
だから今回だってキラが一緒で当然だ、と思っていた……のだが。


階段の上の人≪旅≫


いくら任務の前であっても前日には影響を及ぼさない。いつもの時間にいつもの通りの訓練があるはずだった。シンたちの場合、キラが来てからそれはシュミレーションではなく実際MSに乗ってやるのが通常だ。だから時間にはパイロットスーツを着こんで格納庫へ行く。
たいていは待っているキラがおはよう、と声をかけてきてMSに乗り込む。ヴィーノやヨウランたちに囲まれて何か作業をしている時もあるけれど、それだってシンたちが来ればお終いですぐにキラ自らデュエルに乗って訓練をつけてくれる。
その、はず、……だったのだけれど。

「ケーブルそっちに回してっ!」
「ちょっとそっちは僕がいじってるんだから触らないでよ!」
「ヤマト先生!こっちはどうですか?」

いつもとは違った格納庫の一角を見ておもわず三人揃って誰からともなく足を止めて見てしまった。
毎日の演習の所為で仕事は尽きないけれど、そういうのとはまた違ってなんというかキラの周りだけ戦場だった。
(なんなんだ……?)
一向に立ち止まったパイロットスーツの三人に気づく様子もなくキラも整備士たちも忙しなく動きながら大声でやりとりを交わす。
赤いパイロットスーツはそうとう目立つはずなのだが……
集中力を褒め称えるべきか、それともいい加減気づけよと突っ込むべきか。
ふ、と顔を上げて時間を確認したのか入り口の方を見たキラはそのそばに立つパイロットスーツの集団にぱっと笑顔を作った。
明らかに自分に向けられた笑顔にどきりとして、コーディネイターの視力をこれほどよかったと思うことのない瞬間だ。
「シンっ!丁度良いところに。ちょっとこっち来て!」
どうしたんだとか何で気づかないんだとか、言おうと思っていたことはキラに呼ばれてあっさりとどこかに吹き飛んだ。現金なものでルナマリアとレイを置いてさっさと浮かび上がって、何故か合体済みのインパルスに手を突いてキラの隣に並ぶ位置に止まる。
「なに?」
「ちょっとここ見て。それとソードシルエットつけたとき反応速度に違和感とかなかった?」
「いや……大丈夫だったと思う。」
「じゃあインパルスは一応これでいいか。何かあったら自分でなんとかしてね。」
無責任すぎる言葉におい、と思ってもシンに何かを言わせる暇もなく、キラは本気で忙しいのかぐいぐいと引っ張ってルナマリアとレイの元に降りる。
やっぱり不思議そうな二人が見守っている中、キラはおはようの代わりに二人にもニッコリと笑って見せて。
「今日は僕忙しくて見てられないからシュミレーションやってて。システムはこれ入れなおして。」
ずいっと突き出されたディスクを見て不思議そうにキラを見る。
「いつ作ったんだ?」
「昨日。だから僕徹夜だよ……そうそう、明日からの訓練も三人でそれでやるんだよ。僕がいないからってサボったら駄目だからね!」
「へ?」
驚いて聞き返すにしてももう少しなにかあるだろうに思わずまぬけな声を上げてしまったシンに呆れたような顔をキラは向ける。
「当たり前だろ。式典の準備でどこもMSでいっぱいだし、どこでやるつもり?」
「そうじゃなくて、ちょっと待てよ!」
何、と小首を傾げるキラにシンの後を引き取ってルナマリアが問う。
「ミネルバもインパルスもアーモリーに行くのにキラは行かないの?」
「今回はね……ちょっと。」
忌々しそうな顔が誰に向けられているのか容易に想像できて思わずレイを振り返る。丁度ルナマリアも振り返ったところで二人して恐る恐るもう一人の同僚を顔を見合わせる形で見ることになった。コメカミに筋が浮いていたら耳をふさがなくてはならない。
「残念だな。」
別段顔が険しくもなく、口調に皮肉が混じっているわけでもなく、淡々としたいつもの態度にほっと息を吐く。
(大人になったよな……レイも。)
周りから見たら絶対にシンがレイに対した感想じゃないといわれそうだけれど。
あまり喋らないからか、顔立ちか妙に大人っぽい印象を与える
――――事実シンだってレイのことをずっと落ち着いた奴だと思っていたのだけれど。
(……議長からむと性格変わるよな……)
詳しいことは知らないけれど、とにかくレイは議長を敬愛しているようでキラのことだって警戒してしかたがなかったのだ。それを思えばそんな感想だって当たり前だ。
「でも進水式には行くわよね?」
「だから僕は軍人じゃないんだって……」
「でもミネルバはキラも製作者の一人なんでしょう?」
まあ、ねと曖昧な自信なさげなはぐらかすような答えはいつものキラで、はぁ、と降参の息を吐く。
「進水式にはきっと行くよ……許可が下りたらね。」
あくまでも決定権が自分にないことを主張して投げやりにキラは言う。
どうやらキラの機嫌はあまりよくないらしい。穏やかに見えて存外怒りっぽいし拗ねやすいキラは割りと感情の起伏がわかりやすい。特に議長のことになると非常に顕著になる。ある意味でレイとキラは似たもの同士だと思ったのはいつだっただろう。
「まあ進水式が終わったって僕の講師の任期が解けたわけじゃないから心配しなくてもまたしごいてあげるよ。」
「げっ……」
思わず正直に顔を顰める。
顔に似合わずスパルタなキラは心外だというよりも悪戯気に笑って。
「僕程度で音を上げてるようじゃアスラン・ザラには勝てないよ?」
―――――――――アスラン・ザラ。
それは有名な人物で特にアカデミーを出た人間には憧れかライバル心を燃やす対象のナンバー1で。
憧れをキラに変えたルナマリアも、元々オーブなんかに亡命したという事実に顔を顰めていたシンも、他人に興味のないレイも後者に決まっている。
「オーブに亡命して引退したような人に負けませんよ。」
「だいたいそれ噂だろ?」
「信憑性は高いがな。」
さらりとレイが訂正するのにカチンと来るが、ルナマリアほど興味があったわけでもないしレイみたいに情報に通じているわけでもないので言い返す言葉もない。
「こっちはキラに訓練してもらってるんだもの!」
ぐっと拳を握ってみせ、背後で炎をちらつかせるルナマリアに苦笑しつつ、ぱったりと目が合ったキラは笑みを堪えるようにパチンと手を一つ叩いた。
「この話はこれで終わり!じゃないとシンの機嫌が悪くなるからね。」
「べっ別に俺は……」
そんなわけじゃないと本当のことだから弁解しようと口を開けばニコニコと笑うキラに毒気を抜かれて声は徐々に小さくなって口を閉じる。
いつのまにか機嫌が直っているようなキラの機嫌を降下させることもないだろうし。
「楽しんできなよ。」
「任務なのに?」
「実際に戦闘になることはないと思うしね。まあ一応平和なんだし。」
「初めからそう思っていてはいざというときに動けまい。俺たちは軍人だ。」
「それもそうだね。」
レイの言葉にごくあっさりとキラは肯いて。
「じゃあ言葉を変えるよ……気をつけて。」
どことなく祈るような、どことなく不安そうな。
そんな顔が覗いた気がしたけれど、見間違いかもしれない。
そうだ。キラは確かにいつでも自信有りげ、なんてキャラではないけれどキラみたいな強い奴がそんな顔をするのなんて信じられないし。
そう思って。

「行ってらっしゃい。」
翌日、手を振るキラが見送ってくれるのを見て微妙に寂しいような、つまらないような気がしながら不貞腐れているとルナマリアからにんまりとした笑みが送られた。

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<旅-タビ->
副題の意味はあれです。「可愛い子には旅をさせろ」(笑)