うろうろと行政府の一回に設置されたラウンジを歩き回る。それを不振気に見やるザフト兵などなんのその。
連絡を貰ってすぐさまオーブを飛び出して、正式な通告に今日を指定されたカガリは会談の前に弟に会おうと行政府の前を陣取って落ちつかな気に待っていた。
複雑な再会は目の前で。護衛の小言がなくたって落ち着け、と思う反面落ち着けるか!と思う。
もう少し。もう少し……
エレカの音がした。感情に正直な体はもはや居てもたっても居られなくなって。
「カガリっ」
キサカの静止も聞かずに飛び出した。



moratorium




飛び出してきた見覚えのある金色はキラを認めて満面の笑顔になる。
「キラっ!!」
抱きついてくるカガリをなんとか受け止めながら
―――若干ふら付いたのはディアッカとイザークが抑えてくれたが―――変わっていないその行動に苦笑する。
……女の子なのに何度勢いあまった彼女に押し倒されそうになったことか。
「君にもありがとうって言うべきだよねやっぱり。」
「やっぱり見つかりたくなかったのか……」
イザークと同じようなことを言うカガリに困ったように笑って自問する。
そんなに嫌そうな顔をしているのだろうか。
(そういうわけじゃないんだけどな……)
事実、嫌なわけじゃない。
カガリと会えて嬉しいし、イザークとディアッカがわざわざ迎えに来てくれたのも嬉しかった。
ただ……そう考え出す自分を自覚して小さく首を振る。
「ううん。そろそろ移動しなくちゃと思ってたから調度良かった。」
そう、丁度よかったんだ。
いつかは出て行かなくちゃいけない場所でずっと曖昧なままでいるよりは。確かに居心地がよくて離れがたくて、今は少し寂しいけれど。ばれなかったとしてもそう遠くないいつかに同じ結果になっているのだから。
赤い目が必死に引き止めるのを思い出す。
「おまえ……何かあったのか?」
相変わらず、彼女は鋭い。
どこか鈍いくせにキラの機微には妙に鋭くて、心配性で、優しい行動。
笑ってキラはいつかと同じ、けれど違う意味を込めた言葉を紡いだ。
「いろいろ、だよ。カガリ。」
『いろいろ』たくさんそこには含むものがあるけれど。
「行こうか。君も呼ばれているんでしょ?」
オーブの代表として。そう言えば、カガリは不安そうになったいた顔をキッと引き締めて。
黙って待っていてくれたイザークとディアッカの後を着いて行政府の奥へと向かった。




丁度一年前に同じ場所で今から合いに行く人に会って猶予期間をもたらされたのは今目の前に座る人と同じだった。
前は決まっていた。結果は予想の範疇だった。
今度は選ぶ覚悟がキラにある。
「これで私も議長の席を降りられるというものだ。」
金色の髪を揺らし、安堵とも揶揄ともつかぬ息をつきつつアイリーン・カナーバ議長は本題に入る前にそう言った。
「議長の任を退かれるんですか?」
「ああ。後任は既に内々のうちに決まっている。君の件が私の最後の仕事だ。」
早かったのか、遅かったのかキラにはわからない。
ただその言葉から他のすべてはもう引き継がれているのだと分かってやっぱり見つかってよかった、と思うのだ。
「遺伝子の提供と、技術力の提供。プラントの防衛と戦時中に作られたものの解析をしてもらうことになった……地球軍からはこれを預かっている。」
差し出されたディスクにカガリと揃って顔を顰める。
願わくはセキュリティやマザーの修復でありますように、だ。
「生活に関してはどの国も拘束しない約定ができている。ただ、プラントに残るのならば著名な技術者として優遇しよう。」
淡々と極力私情を挟まないような発言は念のため、といった感が強かった。キラが選ぶ道を彼女はすでに想定しているのだろう。合っているかは別として分からないわけもないが。
だが地球軍にプラント、だが後一つあの戦争に関わった国の言い分を聞いていない。
くるり、とカナーバ議長から隣の少女へと向き直ったキラは問う。
「オーブはいいの?」
「馬鹿にするなっ!オーブに対しておまえが負い目を感じることなんてないだろっ!!」
本当はザフトにだって地球軍にだってそんなこといえるわけが無いのに、といまだ納得していないカガリはそれでもここでそれを言うことの不味さを理解していて唇を噛んで言葉を飲み込む。
全ては平和な世界に住んでいた少年への災難。どちらの陣営にも付かずただ善悪で区別するならキラに非はないはずだった。
それでも純粋なきょうだいに驚く。
権力の座について一年。いまだこの純粋さは驚嘆に値する。権力者というものを一年前まで知らなかったキラでもそれくらい国の上層部が個人的感情はどうであれ利用できるものは利用する主義なのだと知っている。
半壊したオーブはどこよりも復興の手助けが必要なはずだ。それなのに……
一緒に居ると落ち着く人。元気になれる人。
だけど。
「仕事の件はわかりました。それと……僕はプラントに残ります。」
きっぱりと、迷うことなく決断を下す。
驚いたようにキラの顔を覗き込んでくるカナーバ議員に苦笑する。
「意外ですか?」
「ああ。まさか君がその道を選ぶとは……」
確かにもしもシンが居なかったらプラントに残るなんて言わなかっただろう。
遺伝子の提供なんて分かっていても体のいいモルモットで、技術の提供といったって結局のところ体よく利用されるだけでしかなくて。
けれど。
会いたい、と思ってしまった。
優遇すると言ってくれるならそのくらいの……ささやかな我侭くらい聞いてもらえるだろう。自分で調べようと思ってできない訳でもないだろうが、それよりもきっと接触できる確実性がある、そんな下心がある。
どのみちそれに何よりもう一度会うのだとしたらプラントに居るしかないのだ。だったら最初から好意は受けておいたほうがいい。

「ならシンに感謝ですね。」

ふわり、と彼が誇らしげに笑うから。
それが誰のことかは知らないけれど、確かに感謝すべきだと二人の代表は思った。





***





普段は厳粛な静けさが漂う行政府の奥の廊下をいささか賑やかな
―――それは響く足音だけではなく――― 一団が通る。
「あーもうシン、こんな時くらいちゃんと軍服着なさいよ。」
口うるさく嗜めるルナマリアに顔を顰めつつ、今日ばかりは素直に首元に手をやってシンは首元を正す。さすがに議長の前で襟を開けっ放しなのはまずい、と自覚がある。
半年前とは違う軍服は深い赤
―――――深紅のそれはアカデミーで十本の指に入るエリートだけが着られる色だ。つまりそれは若い、という意味でもあり、そんな一般兵が三人だけでうろうろしているような場所ではない。
配属先の任務とシンたちが今回受けた任務は別だった。
通常パイロットとして養成を受けた赤服は外回りの船に乗り込みパトロールなり調査なり与えられる任務をこなすのだが、その船が造営中であり優秀な兵士をもてあましているのはもったいないと別の任務が回ってきたというわけだ。
そうこうするうちに指示された部屋の前まで来て、しかもそこに長い黒髪の男が立っているのに気づいて慌てて敬礼する。
「ごくろうだね」
微笑で労うこの男こそが現在のプラントの最高評議長だった。
行政府内だといっても何で一人で部屋の外になんて立ってるんだと思いつつ。
こちらへ、とさらに静かな廊下へ歩みを進める。
「任務は議長の護衛と伺いましたが、どちらへ?」
「ああ、そういう命令が行っているのか。」
ふ、と笑みをこらえるような仕草に首を傾げつつ相手の言葉を待つ。
「私の護衛、というよりはヤマト博士のと言った方が正しいね。」
「ヤマト博士?」
「ってあのですか!?」
首を傾げるシンの代わりにルナマリアが高い声を上げる。
驚き、と言うよりは歓声―――イザーク・ジュールを見つけたときのような―――といった反応に首をかしげる。
噂に疎い自覚はあるが、シンはヤマト博士なんて聞いたことがない。
「レイ、知ってるか?」
「プログラムの権威。分かりやすいところで言えばザクのOSも彼の作品だ。」
こっそりと聞けば淡々とルナマリアに聞いていたならばあきれられること間違いなしの事実を教えてくれる。まあそれを知らないのはパイロットにとってかなり問題だとは思うがシンはザクのパイロットじゃないし、とスルーしようとした瞬間。
「インパルスもヤマト博士が手がける予定だという話だが。」
淡々と付け足された噂なのか事実なのかにへぇ、と若干興味を持つ。
ピタリ、と足を止めた議長に続きシンたち三人も足を止め、その向こうに居る有名な博士だという人にわくわくしながら議長がロックを外すのを待ち。
扉がスライドして開く。
「彼らが君の護衛の子達だよ。」
どこか笑いを含ませてシンが完全に人影を捉える前に放たれた議長の言葉に振り返る小柄な人影。
「……あんた……」
驚きすぎて後が続かない。
博士というだけで軍人でも議員でもないからか私服に白衣を羽織っただけの格好で、一見しておよそ軍に関係のある人間になんか見えないどこにでもいるような学生のような青年は見忘れるわけがない姿で近寄ってくる。
しうして手を伸ばせばつかめる距離でピタリ、と彼は止まって。
ニッコリ、と笑んだ顔は相変わらず年齢不詳で。

「やあ、シン。」

たったそれだけ。旧知の知人に見つかったときよりも軽く。
それが彼と自分が親しかったことの証のように思えて。
やっと見つけたキラの袖をつかんだ。


::: end :::


◇後書◇
当初は七話の予定でした。が、ハッピーエンド主義の瑞茅としてはいくらキラが笑ってたって分かれて終わりってどうなんだろうなぁということで途中から今回の分一話増えました。それでも議長のご出演の予定はなかったはずなのですが…背後で黒く笑われていつの間にやらご出陣。その分はカナーバ前議長が出番カットの被害を被っております(笑)
終わり方は毎度のことながらスッキリしないですが、どこかで切らないと永遠未完のままなのでここで完結とさせていただきます。
副題に合うようにエピソードを切ったり詰め込んだりして、長いのだか短いのだかわかりませんがお付き合いいただきありがとうございました。