-オリ-
1.檻

そこは檻だった。
暗い室内。
嵌まった鉄格子。
返る声は自分の反響した声だけという静の世界はまさしく檻。

捕虜なのだから独房に入れられるのは当たり前だ。
だが、見張りもなく食事も軍人なのかも危うい下っ端の女が運んでくるのはどういったことだろう。
おまけに尋問もなければ拷問もない。地球軍の軍人も移動の時以外には見ていない。
楽といえば楽だ。尋問というのは答えるべきことと答えてはいけないことと頭を使うのは案外疲れるし、いくらコーディネイターといえ数を揃えられ生身で拘束された身の上としては暴力に晒されれば反撃のしようもない。それにあの珍獣でも見るような目は中々にムカつく。敵意と怯えが含まれた視線も同様に。
とくに怯えの視線は馬鹿らしくてしかたがない。
何が怖いのか。何が恐ろしいのか。
こんな拘束されて手も足も出ないコーディネイター一人。
一度すでに殺されそうになったが、あの少女一人にだって銃かナイフ
―――とにかく武器があれば殺せるのというに。
だから今現在のこの扱いは良いといえば良い。
寝ていれば気にならない、とは言わないがともかく時間は過ぎる。
だがそれは同時に上に知らされていない、しいてはザフトに知らされていないということだ。
失態がバレルのは正直嬉しくはないが、生き残る可能性があるとしたら捕虜として返還されることのみ。だったら尋問なりなんなり受けて、さっさと帰りたいものだ。

「ホント。どうなってんだよ……」

呟いてみる。だがやはり地球軍が聞いていて怒鳴ってくる様子もない。
これが捕虜の待遇としていいのか悪いのか生憎と知らないが
―――比較材料など持ちたくは無いが―――異常なのだということは分かる。

だがそれだけだ。

異常なのだと知ったところでどうすることもできない。
おそらくあの揺れは戦闘であろう。
そんなのが起こったって鉄格子の中で寝ているしかできないのだ。

不安、なのだろうか。
人が誰もいない。普通の対応ではない。
ただでさえ捕虜という初めての体験だ。自覚なしにそう思っても不思議ではない。
考えて、考えて。
らしくもなく一つの考えに辿り着く。

「今までやってきたことのツケか……」

ミリアリアと少女は名乗った。殺されそうになり、助けてくれて、そうして食事を運んできた女。
カレシがMAに乗っていてこの前の彼が捕虜になった戦闘で死んだのだという。
俺じゃない。直接手を下したのは違う。
だが。だけど。
何が違うというのか。ただ手を下さなかっただけ。
同じザフト。同じ足つきを襲った部隊の一員。
それでどうして違うといえる。
この足つき内
【世界】で俺は悪。憎い敵。悪者。
それは分かる。このところ考えていて思い知った事実。
だが。

「ストライクのパイロットはどうなわけ?」

一度聞いてみようかと一人考える。
どんな奴だろうか。
ちゃんと自分が人殺しの自覚のある人間か。
あるいは俺と同じわかっていないゲーム感覚で殺すタイプの人間か。
俺を見たときに震えるか、哂うか。
敵のパイロットが捕まっているのだ。
彼らだったら見に行くことだろう。
だが、来ない。
それは何を意味するのか。

「俺が言ってやろうか?ニコルを返せって。」

同じくMSに乗っているパイロット。
同じ人を殺した人間。

もし言ったのなら報復を恐れて震えるだろうか。
それとも捕虜の身で何ができると哂うだろうか?

それとも。

「ちゃんと自分が人殺しの自覚、ある?」

その上で守るためだと言うだろうか。





――――――――ストライクのパイロット。

それは足つきで英雄であるとしても、少なくとも彼の中では敵で悪でニコルを殺した憎い仇だった。



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檻の中の少年は彼が討たれたのを知らず、また彼が別の機体で舞い戻ってきたことを知らぬ。