檻 -オリ-
2.捕囚
帰ってきて世界が変わった、なんてことはなかった。
優しい優しい檻の中から現実に戻っても。
幸いだったのはアークエンジェルがオーブに行く道を選んだこと。
些細な変化は確かにあった。
これもその一つ。
「バスターあったけど……」
「ああ。捕虜になったんだ。」
着艦したときに気付いたまま暇がなくてそのままにしていた疑問を思い出して捕まえたサイに問いかける。
答えは予想してしかるべきだ。
マリューさんは投降した相手を殺すほど非道ではないはずだし、ナタルさんだって軍律に厳しいだけで非道なわけじゃない。ムウさんだってそうだし、そもそもそんな余裕だってないだろう。
思わず聞き返してしまったのは、投降したというのが意外だったからに他ならない。
後方支援を得意とするバスターはストライクよりスカイグラスパーと戦闘することが多く、あれだけ追いかけられた隊のMSだというわりに実際に戦ったことはキラは少ない。ただ断言できることに彼らの個々の腕はさすがに良くて。ストライクでもいっぱいいっぱいだった。
ムウさんの腕はナチュラルとしては確かに良い。だがMAでそれが出来る相手だとは思っていなかった。
「捕虜?」
「ああ。フラガ少佐があの日落としたんだ」
あの日の出来事は未だ痛みを伴う。
サイもまたキラと同じくその顔に蔭りを落とす。
キラは戻ってきたけれど、もう一人の友人は戻ってはこないのだ。
ミリアリアとは違ってそうそうにその希望を持てなくなってしまったサイだけれど、それを聞けばやはり悲しい。
「ミリアリアのことなんだけど……」
「どうかしたの?」
敏感になっている。
殺したのはアスラン。それを恨んでいないと言えば嘘だけれど、そういうのは止めようと思って帰ってきたのに。けれどミリアリアには申し訳なくて。
喜んでくれたのは知っているし、一番良く感じる。
けれど僕は帰ってきたのにトールが帰らない。それは本当に罪悪感があった。
「この間から様子が変で……捕虜に会ってるみたいだし。」
「どうして……」
優しい人だ。トールもだけど本当にミリアリアは優しい。
けれど、そんなに強い少女だっただろうか。
一番好きな人を殺されて平然とその片棒を担いだ相手に会えるほど強い人だった?
そういうことを全部やめようと思って帰ってきたけれど、いざ目の前にその問題を突きつけられると疑惑が首を擡げる。
「食事を持っていっているみたいで……」
「食事……?」
何故、と思ったけれどああ、とすぐに納得する。
アークエンジェルの危機を救って以来キラに向けられる視線は大分柔らかくなってはいるが、実際に刃を交えた敵にまでそれは与えられない。キラに向けられる視線も以前に比べたら若干といった程度だ。それこそ自分のことで手一杯なのにどうして仇の世話など、というところか。それとも怖いのだろうか。
捕虜であってもコーディネイターで。ザフトで。
長年培われてきた恐怖はそう簡単に薄れはしない。
そして放っておけなくなったか、押し付けられたかでミリアリアがといったところだろう。
「俺も気をつけるけど、キラも気をつけていて欲しい。ミリィのことだから馬鹿なことはしないと思うけど。」
不安、だった。フレイのことがあったから特に。
今此処にはいない少女を傷つけたことをキラは知っていたし、傷ついた少女であることをサイも知っていた。
だからせめてミリアリアは傷つかないように。
代わりなんかじゃなく、過ちを繰り返さないように。
「うん。僕も気をつけるけど……きっと大丈夫、だよ。」
”大丈夫”その言葉が優柔不断の希望的観測であることくらい気付いている。
けれど、そうであって欲しいから。
一度起きてしまったことをキラは知らず、サイも伝え忘れていた。
そこが何処であろうと彼の存在が中心核に変化しようとも、以前と同じ格納庫と食堂が一番生活する場であることに変わりはない。それは一人になれるからだとか必要だからというよりは忙しいからという意味合いに変化してきたけれど。
「これ誰のですか?」
自分の食事を終え、置かれたままのトレーを見てキラは思わず聞いてしまった。
「ああ。捕虜のだよ。」
どうやら自分はその捕虜に縁があるらしい。
持っていけとばかりに置いてあるトレーがキラを待っている。
「ハウ二等兵が持っていってくれるんだけどねぇ……」
今日はまだ来ないんだと調理師は言う。
戦闘がなければパイロットは暇なものだ。オーブにいる今は特にそう。
機体の整備もあるが、フリーダムはストライクほどそれを必要としない。自分以外の誰かに触らせられないからその分が大変ではあるけれど。
―――気をつけてやって欲しいんだ―――
サイの言葉が脳裏を過ぎる。
”気をつけてやって欲しい”―――何を?
ミリアリアと捕虜の接触に気をつけていればいい。会わせない、なんていわなくてもいいから。自分かサイか、誰か気付いてあげられる人がいればいい。
でも接触が極力少ないに越したことはない。そうすれば絶対の安心。
考えは一瞬でキラはトレーを持ち上げてもう一度声を掛ける。
「ミリアリアが来たら僕が持っていったって伝えてもらえますか?」
「ああ、持ってってくれるのか?悪いな」
「いえ……」
手にしたトレーは自分達と同じもの。乗っている食べ物も。
用意する人間が渡すわけじゃないからか、そこには悪意も恐怖も感じられない。
安堵にか、呆れにか溜息を零しキラは重力下のために通路を歩いて独房に向かう。
「別に僕が行きたいってわけじゃないんだし」
ただミリアリアに傷ついてもらいたくないから、そういう意味では自分の意思だけれど。
そう口にだして言い訳を口にしている気分になるのは、多分バスターのパイロット自体に興味があるからだ。
―――同じコーディネイターのパイロット。
どこか変わった思想のバルトフェルドさんと友達であったアスランを除けば初めて会う。
生身のコーディネイターの兵士。
そして今は殺さなくて良い相手だ。
「僕がストライクのパイロットだって言ったらどうするんだろう……」
言葉にしてみて戦慄する。
裏切り者と罵るだろうか?
”ニコル”の仇を殺気をぶつけられるだろうか。アスランの様に。
「度胸がまだ据わってないな……」
情けない、と思う。
憎まれるのが怖い。罵られるのが怖い。
―――ラクスはそれを承知で剣をくれたのに。
独房に来るのは二度目だ。
一度目はサイがストライクを起動させて騒ぎを起こしたときこっそりとカズイの後について。
独房に入るようなことをしたわけじゃないのになぜか後ろ暗いことでもあるようだ。
「食事持ってきたんだけど。」
敬語にするか普通に話すか迷って、結局敬語は却下する。
アスランの同僚ということはそう変わらない年代だろうと思ったことが一つ。
彼の立場が捕虜という扱いなのが一つ。
「……やっとかよ」
声を聞き一瞬眉をひそめ、振り向く金髪の頭。その肌が黒いのはここが薄暗い所為ばかりではない。
皮肉げに顔を歪めた少年の同じ紫の瞳が檻の奥から見えた。
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力を手に入れた少年は檻の中の少年に出会う。
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