そもそもの原因はラクスにある。
ラクス・クライン。
かのプラント最高評議長の愛娘であり、プラントきってのアイドル「癒しの歌姫」という少女は現在中立国・オーブへと来日―――――もとい家出中だった。
WOMAN
最高評議会の議員に与えられた執務室の一角で、机を挟んで座っている者と立っている者とで向かい合うのはダークブルーの軍服を着た40絡みの男と、ダークレッドの軍服を着た10代の少年だった。
それは父と息子。
あまり良好な関係を築いているとはいえないが、曲がりなりにも正真正銘血のつながった親子である。親子の親睦を深める…などという雰囲気ではないが、親子である限りそういう理由は通るだろう。
先ほどまではクルーゼも一緒にいたのだが、一足先に任務準備のために帰ったばかりだ。
今、二人は重大且真面目な任務の話をしているはずだった。
「お前は顔が割れているだろう。」
「……だからといってなぜそんな格好をしなければならないのです?」
顔に思い切り不本意だ、と書いて息子―――――アスランは父に冷たく問いを放った。
彼の所属するクルーゼ隊に課せられた任務はラクス・クラインの説得であり、クルーゼ隊自体は正式な手続きを経て入国することになっている。
否、正式にとは言い違いか。
なんせ入国審査を受ける前にIDを査証して一企業の人員に化けるのだから。
その際にはオーブの姫君に顔を知られたアスランは確かに一発でばれ邪魔でしかない。
だが、世間体上婚約者を連れ戻すのには婚約者たる彼が行く必要があり。
父の示した潜入方法は、見るからに男の身であるアスランに白粉を塗り、口紅を塗り、マスカラを付け、いわゆるお化粧をして、なおかつドレス―――とは言わないが、スカートやらパンプスやらをはけという―――――いわゆる女装というもので。
いくら任務とはいえ断りたくなるのは無理もないといえよう。
しかもはっきり言ってそこまでする必要性は皆無だ。
アスランの放った問いは当然の権利だ、と主張しておこう。
「おまえには別に潜入してもらわねばならないところがあるのでな。」
「別に?」
僅かに眉をひそめる。
彼は諜報員ではない。気になるところがあるならそれは諜報員を動員してやらせるべきだ。
そのための細作もオーブには放ってある。
「オーブでもMSが作られているという噂がある。」
噂、というがこの人がこうやって調べるよう指示をだすくらいならば信憑性はかなり高いはずである。それこそ後は評議会を納得させる、もしくはオーブに難癖付けられるほどの証拠が必要なだけだというくらいには。
「それが?」
俺にいったい何の関係があると?と。
クルーゼ隊の任務は宇宙が主である。
今回のオーブ訪問にしたとてアスランが彼女の婚約者でなければありえなかっただろう。
「今オーブには足つきもいるのだったな。」
唐突に何の脈絡もなく引き合いに出された戦艦の名に無表情なアスランのこめかみあたりがひくりと動いた。唯人には気づかないだろうが、彼の元ともいえる父であるパトリックが気づかないわけがない。
『足つき』その名称をアークエンジェルというが、彼らクルーゼ隊が宇宙で取り逃がした因縁の戦艦である。
が、アスランにはそれだけではなく。
「いくらオーブとはいえナチュラルごときの技術では我らに敵うMSなど作れるわけがないからな。大方足つきに取引を持ちかけるだろう。それに応じるのはストライクのパイロット以外にはありえないだろうな。」
それは別段息子に言うわけではなく、独り言のように。ただしひとつの単語を強調するのは忘れずに。
……恐ろしく頑固な親子である。
やはり人生経験の差か、折れたのは息子のほうだった。
「それはストライクのパイロットを拉致って来てもお咎めなしで父上がどうにかしてくれるということですか?」
「仕方なく技術協力させられた一コーディネイターの少年をどうこうするほど石頭ではないつもりだが。」
(十分石頭だろうが)
と息子が思ったかどうかは定かではない。
口にされなければいいのだそんなこと。
とにかく問題なのはオーブにいる間ならしかたなく敵対してしまっている愛して止まない少年を拉致って来てもノープログレムということで。
「……了解しました。」
敬礼をして踵を返す。
キラに会えるというのならこんなおやじを相手にしている暇などなく、一刻も早く地球に下りなくては!
こうと決めたら一直線なところもまったくもって親子だった。
「ああ。アスラン。」
「まだ何か?」
鬱陶しそうに振り返る息子に向けて。
「写真は忘れないように。」
厳しい顔で告げられたお茶目な父の一言に息子の怒りが炸裂したことは言うまでもないだろう。
(補足)
顔が割れている=カガリとしたのはアスランの勝手で、お父様が言っているのはもうすでに別侵入先を考えてキラ(ストライクのパイロット)に顔が割れているということだったりします。じゃないとストライクがいるつじつまが合わないんです(爆)