「カガリ様!?」
オーブ宮廷内で悲鳴が上がる。
だが次に続けられた言葉が攫われただとか、迷子だとかじゃなくて。
「逃げましたわね!」
すぐにそう結論付けられるお姫様なんて問題だ。
WOMAN
なぜだかオーブのお姫様仕様の部屋に通されたキラはじりじりとカガリの乳母―――マーナに押されるように部屋の隅に追いやられていた。
「だからってなんで僕なんですか!?」
彼の災難は突き詰めて言えばアークエンジェルに乗ったときから始まるのだろう。
アークエンジェルはザフトとの戦闘結果オーブに突っ込み、キラの技術協力と引き換えに補給を受けられることになり、たまたまそこにプラントから来ていたラクスがいたというだけだ。
話を聞けばコンサートでもなくただ書置きひとつ残して家出中の身だという話だ。
まずいだろうそれは。
表向きは中立であってもオーブは地球の国家である。
コーディネイターもいないわけではないが、住民の総数を見ればあきらかにナチュラルの国だ。
そんなところにプラントのアイドル。最高評議委員長の一人娘。
個人の身柄についても国同士の外交についてもまずすぎる。
ということでザフトがラクスを連れ戻すために派遣されてくるのだが。
そこで出番になったのがカガリというわけだ。
といってもお呼びなのはカガリ・ユラ・アスハというオーブのお姫様で、オーブの獅子の名代だ。
オーブの軍服でもいいが、それは軍を意識しすぎてどうにもまずい。
かといっていつものようなTシャツにアーミーパンツは論外だ。
そうなれば残る選択肢はドレス、ということになるのだが。
「生憎とカガリ様のドレスがカガリ様に負けぬほど似合うのはキラ様だけでございます!」
地球軍を刺激しないため個人企業を装ったザフトとの相対のために着付けされるはずだったドレスを前に逃げ去ったのだカガリは。
もっとも逃げたのはザフトからではなくドレスからだというのがカガリ付の皆様の見解だ。
キラもあの負けず嫌いな彼女がザフト自体から逃げ出すとは思えない。
(でもこれなら逃げたくなるのもわかるかも……)
女の子が着るならともかく自分できるにはもの凄く抵抗を感じるようなヒラヒラのドレスに脱力感を感じながら遠い目をする。
毎度毎度こんな服を着せられるんじゃカガリにも同情の余地はあるとおもうが……
これとそれとは別なのだ。
「僕は技術協力だけの約束です!」
「ここであなた様がご協力くださらなければオーブは強行に荒され、アークエンジェルも見つかって皆々様死んでしまいになるのですわ!ああオーブはどうなるのでしょう!」
うっとキラは詰まる。
その攻撃はまさにキラの急所を突いていた。
自分のせいで――ここにもうカガリが逃げた所為だということもラクスが遊びに来た所為だということも消えうせている――オーブが戦場になるなんて!!
キラに見過ごせるはずが無い。
飛躍しすぎだろう、なんてマーナの捲くし立てるような言葉の渦の中では感じられないのだ。
「わっわかりました……」
がっくりとうなだれてキラはそう返す。
観念したキラにむかって満面の笑みで仕事熱心なカガリの乳母はまずはその服を脱がしにかかったのだった。
それは地獄だ、と後々カガリに零して賛同を得。
後にアスランに話してそうか?と返され。
後にラクスに訴えてそれが女の宿命ですわと返されることになる。
薄く塗ったおしろい。
引かれた淡い色の口紅。
被せられたカガリと同じ色の髪(鬘)。
金に近い褐色のカラーコンタクト。
ふわふわと裾が頼りなく揺れるくせに膨らんで動きにくいドレスのスカート。
どこをどう見ても可憐な少女が出来上がって。
「できましたわ。」
鏡の前に立たされて満足そうに微笑まれたって困る、と言ってはせん無きことで。キラは涙を飲んだ。