カツン、とヒールの高い音が鳴る。
高く結い上げられた髪は夜と同じ紺青で、眼鏡に隠された鋭い瞳は翡翠。
タイトスカートのスリットからのぞく足は一見そう太くは無いが、実際は筋肉に引き締まっている。
十分に美女の部類に称される女性に化けた少年は憂鬱だとはすでに思ってはいなかった。
WOMAN
「うわっびっじ〜ん。」
「ディアッカ、不謹慎だぞ!」
オーブに無事侵入――といっても地球軍に不振がられないように細工しただけであってオーブ側には話がついている。彼らの任務は歌姫を連れ帰ることであり、そうピリピリした空気もないのだ。そうしてディアッカの性格からいって女性に目が行くのはまぁ当たり前というわけで。
ふ、と目が合う。
おっと思ってひらひらと手でも振ってみようかと思ったが、その前の美人さんはスタスタとディアッカたちの方に歩いてきた。
逆ナンか?と思ったディアッカの期待は裏切られる。
「ディアッカもイザークも相変わらずか……」
物憂げに(実際はあきれたように)言われた言葉に初対面で何を言うとイザークが食って掛かるより前に、彼らの隊長が姿を現した。
さすがのイザークも隊長の前で見ず知らずの女と怒鳴りあいの喧嘩をする度胸はない。
とうの女は口を閉ざしたイザークの目の前を通りすぎて。
カツンとヒールの音を響かせて敬礼する。
「ああ、着いたか。」
「はっ!無事潜入に成功しました。」
ああなんだザフトの諜報員かと納得して、ならなぜ自分たちのことを知っていたのだろうと再び悩む。
別に諜報員でなくとも彼らの存在くらいは知っているだろうし、諜報員ならば逆に彼らの顔と名前くらい知らなくてはおかしい。なんせ彼らは最高評議会のご令息たちだ。
だが、あの声のかけ方はどうみたって知り合いに対するものだ。
それも比較的なかのいい。
だがあんな女の知り合いはいない、とイザークもディアッカも断言する。
後ろではニコルがパクパクと何かいいたそうないいたくなさそうなリアクションをしているが隊長の話の邪魔になるため聞けはしない。
「ご苦労だった。アスラン。」
一瞬聞き逃して、それから気になる名前にディアッカとイザークは自分の頭を巻き戻した。
『ご苦労だった。アスラン。』
そうアスラン……
アスラン
「なんだと!」
ある意味素直なイザークはすぐに復活して怒鳴った。
どこをどう見てもアスランだとは思えないが、隊長が言うのならそうなのだろう。
「貴様!そんな趣味をしてエースパイロットだと!?」
突っ込むところがずれているんだかあってるんだか微妙な文句を突きつけた。
女装癖のあるエリートパイロットなんてさまにならないし、情けないし、イメージが悪い。
イザークでなくても気にする……かもしれない。
ディアッカだってこれがアスランでさえなければ面白いの一言で済ませていたかもしれないが。
「趣味なわけあるか。」
こっちだってさんざん抗議したんだとキラのことを聞いたとたん抗議も忘れ踵を返したこととか、今別段嫌がっていないことなど忘れたようにアスランは顔をゆがめる。
少なくともあんな親父と一緒にするな、というところだろう。
「ザラ国防長官の案だ。そうアスランに変態などといってくれるな。」
誰もそこまで言ってない。
つか変態だと思ってたんだ隊長……と一人わかっていたニコルは思う。
にしてもなんだって国防長官は息子にこんな格好をさせようなんて思ったのか。
謎である。
そうでかでかと顔に書いて隊長を見上げれば。
「アスランは顔を知られている可能性があるのでね。」
これだけやればさすがにわからないだろう、ということだ。
なんでこいつが顔を知られてるのか、だとかの疑問はこの衝撃的な女装の前では浮かんでこずに。
「こんなもの記録に残すなよ。」
「もちろん抹消するさ。できるならおまえたちの記憶の中からもな。」
「本当にやってほしいものだな。」
こんなものを記憶に残しておいたら穢れる。
とでも言いそうなイザークの剣幕に。
「見事な美女ぶりで似合っているではないか。」
写真に収めておきたいくらい、と笑う仮面を見て。
こいつもかっとアスランは拳を握り締めた。
とりあえずアスランがまとも?キラがいない分暴走はせず。
ていうか大人組みが変態(げふんげふん)