汝、忘れることなかれ



『キラ・ヤマト。
認識ID******
----------------------
----------------------
*現在消息不明 』

並ぶ情報と共に映る写真は東洋系の顔立ちをベースとしたブラウンのショートカットとアメジストの瞳の奇麗な少女だった。

「キラ……」

ぎゅっと拳を握り締めてその画面の少女の色彩とを変えればそっくりであろう―――ただし雰囲気が正反対といえるほど違うので似ていると形容する人間は少ないが―――少女はその名を呼ぶ。

それは大切なものだった。
誰よりも大切で守りたいと本気で思った初めてのものの名だった。

ファミリーネームは違う。
月の幼年学校に行っていたため一緒に暮らした時間は驚くほど短い。
けれど大切な妹の名前。

情報の最後にあったように彼女は今行方不明なのだが。








ことの起こりは先日のユニウスセブンに続く非道な事件。
中立国オーブの要する資源衛星ヘリオポリスが崩壊した。

いや、正確にはもっと前からか。
オーブの一部が中立であったはずのオーブを裏切って地球軍に技術を売ったことから始まるのだろう。

そう。ヘリオポリスの崩壊の詳細は公に知らされていない。
中立であるはずのしかも単なる資源衛星コロニーになぜかザフトが攻め込んできたというただそれだけが今のところのオーブを初め軍の関係がない市民一般に与えられた情報だった。それは一方的にザフトが悪という認識を与えている。
ナチュラルが多い地球でそれは一般的な見解だ。
実際のところはどちらが―――否、どこが悪いとは一概には言えないのに。





なぜならそこには中立のはずのオーブが関わってくるのだから。





キラとは違い、次期代表として実際に政治に参加し始めていたカガリの耳に不穏な噂が入った。

『ヘリオポリスでモルゲンレーテが技術協力して地球軍の新型モビルスーツを作っている』

事実かどうか真偽は分かりかねる。
あくまでそれは噂だったのだから。
けれど。
確かめなければならない、と。
そう思うくらいにそれは信憑性があった。
なぜならばオーブのモビルスーツであるM1アストレイは既にフレームは出来上がっていたのだから。
そして一部で巻き込まれる前にどちらに付くか決めおくべきだと言う意見がオーブ内部であったのだから。

「ヘリオポリス、か……」

頭を抱えて呟く姉の背を見て、キラは言った。

「僕が行ってこようか?」
「なっキラっ!?」

「だってカガリは忙しいでしょう?」
「まぁそれはそうだけどな。お前は駄目!絶対駄目!」

なんで、とほんの少し剥れながらキラは言う。

「カガリの役に立ちたいんだ。」

お荷物ではいたくない。
守られるだけの存在ではありたくない。
キラはそういう人間だった。
常に自分は守られていることを知っていたから。
だから全てを返すことは出来なくても、ほんの少しでもいつも守ってくれる姉の役に立ちたかった。
故にキラは姉の前科を揶揄して言う。

「それにカガリは前科が多いから抜け出すのは大変でしょう?」
「うぅ……」

それを言われると辛い。
過去にも何度か小規模ではあるが大騒ぎになった家出―――本人にはそのつもりはない―――事件が何件かある。こんどはどこに行くのかと気が気ではないのだ。
お姫様のはずなのに……

「大丈夫だよ。カガリ。」

そんなに危ないことはないんでしょう?と。

(たしかに機械関係だったら私よりキラが行ったほうがわかるか……)

モルゲンレーテにもよく出入りして技術の提供をしているキラのほうが確かに効率がいい。
行かせたくはない。
だが、キラを、彼女がいるオーブを守るには情報は必須だ。
この噂の真偽は絶対に知る必要があった。
けれど父は答えてはくれないのだ。
他の誰も答えを私にもらしはしないのだ。
だったら自分で調べる以外手はなくて。

「……頼んでもいいか?」

カガリがしぶしぶと頷いて、そしてキラは嬉しそうに笑ったのだ。








最後の日を思い出したカガリは不愉快になって、端末の電源を落として部屋を出る。
行く先は一つだ。

「お父様!」

騒々しく入ってきたのも関わらずいつもと同じ顔で穏やかに笑う父にイライラが募る。
それは今の感情だなんて思っていなくても。

「私をキラの捜索に向かわせてください!」
「それに何の利点がある?あれもアスハだ。自分のことくらい自分で何とかする。」
「ですが!」

守ってやらなくちゃならないのに。
泣いているかもしれないのに。

「それもあの子はコーディネイターだ。お前よりは生き残る可能性も高い。」

コーディネイター。
それは遺伝子操作により先天的にナチュラルよりも優れた存在だ。
それでも優しくてぼけててお人よし過ぎるキラは守るべき存在だった。

「すでにオーブ軍が動いている。お前が探しに行ってなんになる?」

正論だ。
父の言っていることは正しいと。
政治家であるカガリは分かってはいるけれど。
感情が叫ばせる。

「私には分かる!あいつがどこにいるかだってきっと!近くに行けば……」
「カガリ。」

たしなめるように名前を呼ばれ気まずげに口をつぐむ。
その瞳の中に心配そうな色を見つけて、自分だけが心配なのではないと悟ったために。
ウズミとて父親なのだ。
娘たちを愛している父親が心配しないわけがない。

「キラが帰ったときお前がいなかったら悲しむだろう。」

出迎えてやれと。
がむしゃらに探し回るより、それは人海作戦の聞く者たちに任せて、安心して帰れる場所であれと。

それは間違いなくキラを信じた言葉だった。






そしてしばらくして。
確かに彼女は自力で帰って来た。
傷だらけの青年と、血まみれの少年と共に。