汝、忘れることなかれ




「なに見てんだぁ?」
「……ラスティ」
驚かすな、と軽く眉を顰めて何処が驚いているのだか分からない顔をしてアスランはそっけなく名前を呼んだ。勿論そんな反応には慣れきって、うきうきと答えを待っているラスティに、小さく息を吐くと仕方なく答える。
「お守りだよ。」
「へぇ。アスランが『お守り』ねぇ。」
覗き込もうとしてくるのにさっと隠せば、不満そうにケチとラスティは口をすぼめる。
「俺にもご利益あるかもしれないじゃん。」
「そんなものはない。」
神様なんて信じるほど信心深くないくせにそんなことを言ってみせるラスティにあっさりすっぱり言ってやる。もちろんアスランだとてそんな信心深くは無い。
ただ、それは。
「これは俺専用だ。」
それがむしろ戦場に身を置く理由ですらある。
――――それを偲ぶ縁なだけだけれど。
ふーんと気の無い返事に油断したのか、仕舞いなおそうとしたアスランはひょいっと伸びてきた手を阻止することが出来なかった。

「……ラスティ!!」

慌てたように取り返そうと焦るが、その間はそれを見るのには十分な時間であって。
「写真?」
拍子抜けにラスティが首を傾げる。
家族や恋人の写真をコックピットに持ち込むパイロットは多いけれど、アスランはそのタイプにも思えず、ましてやこんな子供の写真は……

『協調性皆無なクルーゼ隊としては仲良いのはいいんだけどさ、おまえらあんま待たせんなよ。』
「えーだって見ろよミゲル。ほらこれ、可愛い二人組……っと。」
「ラスティっ!返せ。」

通信機からもせかされて殊更焦ったアスランは勢いよく奪い取ってそのまま元の場所に仕舞いこむ。

「準備は出来た。待たせて悪かったな、いつでも行ける。
『オーケー。検討を祈る。』

赤いパイロットスーツにブースターを付けた人影が5つ、緑の人影が数人。速やかな侵入は最低限の人数で行われる。こういった任務には初陣ではあるが、主格はアスランら赤い人影の方で、Goサインを出す。
赤外線センサーが張り巡らされた中をこれから彼らは降りていく。

「ザフトのために。」

ザフトのために。同胞のために。コーディネイターのために。

――――――何処かに居るはずの彼女のために。










地球の一国家であるオーブは資源コロニーをいくつか所有し、本国よりもそちらで技術育成をしている。ヘリオポリスもその一つで、工学の研究者としては名高いカトウ教授がいることで有名だった。

「カトウ教授にお目にかかりたいんですけど……」

対応に出たサイは一瞬言葉が出ない。

「あの?」

帽子にだぼだぼのズボンとジャケット。ボーイッシュな男の子じみた服装をしているが、サイの周りにはフレイという中々の美少女や、ミリアリアという可愛い子はいるけれど、ちょっとお目にかかれない美少女だ。

「え、と。カトウ教授は今ちょっと出てるので……中で待っていていただけますか?」
「はい。失礼します。」

大人しく中に入って壁に寄り添った少女に安堵して作業スペースに戻る。
と。

「なになにあの子!?」
「超可愛いじゃん」
「うちのカレッジに居たっけ?」

「俺だって知らないよ……」

怒涛の質問に引きつったようにサイは答える。
そんなやり取りをしながら作業を進めるそのうちに。

――――――爆音。
建物が――――コロニーが揺れた。

その、理由は。

「遅かった!?」
叫んで人の流れとは反対の方向へ駆け出す。
確かめずには帰れない。もちろんカガリは怒ったりなんてしないだろうけれど。
(……役に立つんだ)
「危ないっ」
叫んでしまったことに他意はなかった。
キラが叫んだことで逆に相手が撃たれるなど考えたわけじゃなかった。
「えっ……?」
なのに倒れていく人に呆然として、一筋の赤を目に思わず駆け寄る。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
ぽろぽろと涙を零すしかできない自分がまた涙を流す原因になる。
まだ息はあった。
つれて行ければいいけれど、人一人抱えるにはキラは非力すぎた。
意識の無い人間の体は重い。

「そこで何をしている!?」
「さっきの……」

驚きに目を見開いて呟く。オレンジ色のつなぎを着た女性には見覚えがあった。
地球軍だ、と思って思わず腕に抱えた人を強く抱き寄せる。

その細腕に抱えられたザフト兵を見て女性は眉を顰める。
ビクリ、とキラの鼓動は跳ねる。
(……殺される……?)
自分は大丈夫、かもしれない。けれどこの人は。

「生きているの?」
「……はい。」

肯きに僅かな逡巡を見せ、けれど嘘を言っても仕方が無いので正直に答える。

「ここはもう危険だわ。来なさい!」
「でも持ちあがらな……」
「貸しなさい!」

キラよりはしっかりとした、筋張っても骨ばってもいないけれど、軍人で大人の力は頼りになった。
二人掛りで何とか運び、脱出に指示された場所へと転がり込む。
灰色の巨人。
そのシステムの立ち上がりを見たことがある。

噂は本当。
カガリの懸念がアタリ。

カガリの役に立てると思ったのに、起こった結果はあまり喜べない。