汝、忘れることなかれ
少年たちの怪我は確かに重度のものではあったけれど、オーブの技術をもってすれば命に関わるものでもなかった。
『殺した』と彼女は叫んだけれど。
オーブの信用の置けるそれなりに大きな病院に入院させて今現在は療養中だ。
「話せるか?」
キサカ一人を従えてカガリはその病室に訪問した。
個室であるが、二人一緒に寝かせられている。
比較的怪我の場所がマシだったために起きていた金髪の方の青年は皮肉げにそれを迎えた。
「ザフトの人間に何を聞きたいって?」
事情は一応聞いてはいた。
ここがオーブであること。
自分たちは捕虜としてでなくただ単に病人として、しかも上級の看護を受けていること。
だからこそ不思議に思わずにいられなかった。
軍暮らしがながいミゲルは特に、疑心を振り切れない。
オーブだって一応国家なのだ。
地球軍でなくザフトでなく、戦争には参加していなけれど。
「ここは地球の国家だが、地球軍じゃない。それにおまえらはキラが連れてきた客人だ。」
あの状況から見て彼らはキラにとって守る対象だったはずだ。
だから「客人」。
青年は客人というその言葉にそれはそれで訝しげに眉を寄せる。
たかだか一般兵や、一技術者が連れてきたとて客人とは言われない。
むしろ拘束されない方がどうかしているだろう。
その事実が示すことは。
彼らを地球に連れてきた”キラ”が自身であれ親であれそれなりの地位に居るということだ。
「ずいぶんあのこ身分が高いみたいだな。何者なんだ?」
「私の妹だ。」
当然のように、どこか誇らしげに言うカガリに、「いやわかんないから」と返した彼は
「私はカガリ・ユラ・アスハ。あいつはキラ・Y・アスハ。オーブの獅子といわれるウズミ・ナラ・アスハの娘だ。」
絶句、するしかない。
オヒメサマなんて人種はふわふわしてて、おしとやかで。
プラントではラクス・クラインのことを言う。
MSを操るオヒメサマなんて反則だ。
「うっわ〜本気であのこお姫様だったんだ。」
のほほんとした声はもう一方のベットから聞こえてきた。
「ラスティっ!?大丈夫か?」
「さすがに動くのはしんどいけどね。血がかなり出ちゃったから。」
自分も動けはしないからベットの上から叫んだ青年に、起き上がっていたオレンジ色の髪の少年はへらと笑ってみせる。
「それでわざわざオーブのお姫様が何のようなわけ?」
ラスティが話題を元に戻す。
オーブのお偉いさんだからといって口調は改めたりはしなかったが。
「ヘリオポリスで何があった?」
「キラはなんて?」
彼女が望まないなら話さない。
たった数日行動を共にしただけでもそれだけの好意をキラという少女にミゲルもラスティももっていた。
けれど。
「何をしてでも話してもらう。」
冷たい顔を纏ってカガリは言う。
話してもらわねばならない。
守るために。
傷つけないために。
なぜなら。
「キラは声と記憶を失った。」
告げられたその事実に息を呑む。
嘘だとは彼らは思わなかった。
……思えなかった。
足つきでどんな扱いを受けたか彼らは知っていて。
優しい彼女がなれない戦闘でどれだけ傷ついたかも彼らは見てきたから。
耐えられなくても無理はない。
「わかった。」
つめていた息を吐いてミゲルは頷いた。
ただ、と付け加えるのは忘れない。
「俺たちが分かるのは足つきの、それも医務室の中だけで分かる範囲内のことだけだ。」
「それでいい。」
それで十分とは言わないけれど。
何も分からないよりもその少しだけでも分かったほうが良いに決まっていた。