シークレット・ソウル



医務室に戻ってきたキラの顔は涙の後があったけれど、妙に晴れ晴れとしていた。
それだけでどうしたかなんて分かったけれど、姿の見えない男に向けて嫌味を放つ。どうせ、すぐ近くに居るに違いないのだからその前に言ってしまおう。

「なによ、あの男送ってもくれなかったの?」
「ううん……えと。」
「ここに居るさ。」

キラの後ろから現れた男に顔を顰める。
あんなことの後でキラを一人で返したりなんてしたら許さないけれど、居たらいたでなんて気に障る男なんだろう。整った顔を綺麗に笑ませて、口元が密やかにつりあがる。
むかつくくらい綺麗なのは認めてあげる。けれど傲慢さが現れていて気に食わない。人を見下したような気がするのは被害妄想ではないと思う。
―――――――訂正しよう。勝ち誇った顔だ今の顔は。

「あんたって相当記憶力悪いわよね。わたしは言ったはずよ。」
「コーディネイターは脳の容量がナチュラルよりも大きいんだ。それで忘れるようなことならよっぽどくだらない事だったんだな。」
「なんですって!?」
「前にも言ったはずだ。おまえの言うことを聞く理由など俺にはない。」
「そうやって、傲慢なことばっかりやってるからキラに恐がられるのよ。」
「生憎だな……見て分からないのか?」
「分かるから言ってるんでしょ!!」
「それにここは医務室で、おまえは捕虜だ。キラの世話のために許可しているが、吠えるだけなら帰ってもらおうか。」

バチバチと火花が散る二人の剣幕に口を挟めなかったキラが、慌てて声を上げる。

「アスラン!!」

名前を呼んだだけで瞬間的に口を閉じてそれからもごもごと言い訳するように名前を呼んだ。

「……キラ。」
「フレイはずっと僕のために面倒見てくれたんだよ!さっきみたいな恐い目にあったりしてもここで待っててくれたのにそんなこと言わないでよ!!」
「……だが……」
「アスラン?」

駄目押しに口をつぐむ。
それを見て事後処理は緑の髪の少年に押し付けて、残っていた二人の驚いた視線がキラに突き刺さった。
無理もない。彼らの知るキラはアスランに怯えてばかりで話もできない、震えるだけの少女だったはずだ。彼らですら押さえることなどできないアスラン・ザラを一声で黙らせるなどまずありえない。
どうよ、と自慢したくなる。
あんな傲慢な男だってキラに骨抜きなのよ。
ただ、その自慢は次にキラを見た瞬間にしぼんでしまう。
ほんわかと頬を赤く染めて、上目ずかいに見上げてくる様子は前にも見たことのあるあまっとろい雰囲気を纏っていて。

「あのね、あの、フレイ……」
「なに?」

聞き返したけれど、聞きたくなんてなかった。
そんなの簡単に分かってしまって、喜ばないわけじゃないけれどなんだか凄く癪ではあって。

「アスラン、怒ってないって。」

だから大丈夫。もう、大丈夫。
守ってくれてありがとう、とそういってキラは笑った。

その顔は今までで一番キレイかもしれない、なんて。










「あんなのっ勝てるわけないじゃない!!」

悔しい、と涙を溜めるフレイを見て呆れたようにディアッカは見やる。イザークはイザークで顔を顰め、五月蝿いという顔をしながら実力行使には出なかった。
物凄く癪ではあるけれど、捕虜と軍人の関係から医務室にキラとアスランを残し、アークエンジェルの乗組員の所まで二人の護送で帰る道。
あの調子ではもう少し体力が戻れば精神的には帰ってこられそうだけれど、アスランが放さないだろうということは容易に想像できて、それがいっそう安心できるから癪に障る。

「分かってたわよ、ずっと。いつだって……私といたってのろけてばっかり!嫌になっちゃう!!」

キラの恐怖が好きだからという起源をちゃんと最初から知っていた。キラは隠してなんかいなかったし、あんなあからさまに言われて分からないほど鈍くない。そもそも一緒に眠っていたって恋する乙女そのものな顔をしてあの男のことを喋るのだ。そんな子をどう思えというのだ。
ただ、知っていた。それだけが特別で、その男の手を振り切って帰ってきてくれるという事がひそかな優越感だった。
なのにここにきたらあっという間に優越感なんて吹き飛んだ。
最大の秘密をばらした時点でそのことは覚悟していたわけではないけれど、それでも考えなかっただけでちゃんと分かった。
それをばらすのはキラじゃなければ自分でありたかった。半分は、賭け。知っていて黙っていたのなら完全な負けだった。もう半分はキラを自分の従属物だと考えているような気がしてならない男にあんたの知らないことを私は知っているんだと言ってやりたかった、ただそれだけ。
先手必勝。キラをあの男から守るという約束を守るために、必要だと思った。
だってそれは恋愛感情じゃないから。なくなったって変わらない。けれど守ったら終わってしまった約束があって、なんて複雑。

「それでも貴様はあの女の幸せを望むんだろう。」

分かりきったことを言う男にギロリと一瞥をくれて。

「あたりまえよっ!」

八つ当たりなんてここ以外のどこですればいいのか分からないから思い切り喚いていってやろう。

「だから、だから、だから絶対私は認めないんだから!!」

二人だけの秘密だったものがなくなっても、望むものはあまり変わらない。
私はキラを幸せにしたいし、キラは守ってくれるだろう。
だから今は地団太を踏んで、拳を握り締めて打倒アスラン・ザラを誓う。

きっといつか秘密だった魂
(ココロ)を勝ち誇って語ってやる。


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