オリビアの太陽
戦闘後に自分で機体を調整するのはパイロットとして当然のことだ。 戦闘の後が一番違和感を覚えているものであるし、ベッドに置いてあるよりも戦闘をしていた方が細かなところが狂いやすい。 ボタン一つ。レバー一つ、ペダル一つ。されどそっれは武器であり、手であり、足である。 支障が生じればそれは命にかかわることになり得、敵を屠る事ができなくもなり得て。 早くキラの側に行きたいと思っても、それを疎かにできるアスランではなくて。 ようやく医務室のドアをくぐる。 「……キラ?」 ベットはもぬけの殻だった。 ここに居るという安心感があった分、気分が反転する。 「なんで……」 キラが勝手に出歩くとは思えない。少なくとも今のキラの精神状態で。 ただ、ついこの前まではMS戦とはいえ戦闘に出ていたのだ。栄養失調と過労は深刻だったとはいえ、歩けないほど衰弱していたわけではない。 とすれば誰かが連れ出した可能性が強いわけで。 そっとベッドに手を走らせる。 温もりがない。相当前に出たのだろうと知れる。 (……いつ、だ?) 戦闘中だろうか。それともその後? 戦闘配備が解けてからもパイロットは機体の着替えだ整備だとすぐに暇になるわけでもない。だがキラがここに居ることを知るのはパイロットを含めたごく一部の人間のはずで。 もし出かけたとしても誰かが見つけて連れ戻すだろう。 アンダーでふらふらしていれば酷く目立つ。病人がふらふらと出歩いていて見過ごされる環境ではない。 ましてヴェサリウスは戦艦でキラは軍人ではなく。知る人間がほとんどいなくともストライクのパイロットで。 ふと、そこで思考が一人の人間をはじき出す。 ――――――――――――言わなくとも知っている人間はいるじゃないか。 知っていて、そうしてキラに敵意を持つ者。 プライドか、なにかしらの感情の蟠りを持ち、彼を気にしていた人間。 銀色が頭の中にちらついた。 「イザーク!!」 ダンッ。 唐突なことで、避け損なって思い切り壁に叩きつけられて一瞬息が詰まる。 「何をするっ!」 締め上げる手を叩き落としながら怒鳴り返すことで、ようやくその男が尋常ならざる様子であることに気づいた。 勿論入ってきた時点でどこの誰であるかは分かっていた。 いくらアスランがアカデミートップだ、イザークが何度挑んでも勝てないといったとて、そこまで歴然とした差はない―――――はずだ。 「キラをどうした!!」 その一言で自分が何故こんな目にあうのか理解した。 「危害は加えないと言っただろう!」 「信じられるかっ!!」 危険なまでに鋭く爛々と輝く瞳にぞっとする。 疑心暗鬼。 人を全く信じられないでただ動く者。 イザークの性格を知っている人間であればその潔癖から信用に値すると思うだろう。 ただその苛烈な性格から暴走を想像することも容易だが。 アスランは腐れ縁で知っているはずの人間だ。 だから、それは可能性にすがった思い込みでしかない。 冷静な判断も思考もそこにはない。 「キラがいないんだ……」 この男は誰だ。 勝手に暴走し、弱弱しく弱音を吐き、心細そうな声を搾り出す。 こんな男は知らない。 こんな男をアスラン・ザラだと言われても鼻で嗤うしかないだろう。 一方的なライバル視とみなされ、興味が無さそうにされるのも癪に障るが、この変貌も好ましいとは絶対にいえない。気持ちが悪い。 ああ、まったくと思いながらも思い当たる節を口にしてしまう。 「ディアッカはどうした。」 「ディアッカ?」 訝しげに、何故その名前が出てくるのか分からないとでもいうように復唱した名前に聊かの同情を覚える。 「隊長から申し渡されていただろう。」 「え……」 「忘れていたのか。」 あれほど隊長に反論し、ディアッカに追い討ちまで掛けていたというのに。 まったく、と呆れ果てる。 だが、だったら追い払うことは簡単で。 「何があったか知らんが、何かあったのならさっさとディアッカのところへ行け!俺のところにこられても筋違いだ!」 「ああ……そうだな」 謝罪など期待してはいなかったが、ものの見事にそれだけの気が抜けたような返事でくるりと踵を返されてこめかみに血管が浮く。 本気で絞められて、意外と苦しかったのだ。 このまま何の礼もしないまま返すのは物凄く癪だった。 「アスラン!礼をくれてやる!!」 言って握った右の拳を。 「何の礼だ?」 あっさりと避けて淡々とそう聞くアスランに軽く殺意が沸いた。 |