オリビアの太陽
揺れる。先程から通常の航行ではありえない揺れ方に、ぎゅっとトールはミリアリアの手を握る。戦闘をしているのだとしばらくはブリッジに入っていた彼らにはわかった。ここに来てから初めての戦闘。 アークエンジェルかもしれない、というのは誰の胸にもある不安で、罪悪感でもあった。 ほんの数日だとはいえ、仲間だった人たち。彼らが無事であるかどうか、自分たちだけが追う側の、いわば安全な場所に居ること。それらが重い空気を作り出している。 男女で分けられた部屋の移動を除けばほとんど出られない今は、食事を運んできてくれる緑の髪の人にしか会わない。無言の受け渡しとありがとうとどういたしましての短いやりとり。 人当たりの良い人ではあるが、線を引かれている。最初はこちらが警戒していたが、カズイがあの台詞を吐いてからは向こうが酷く警戒していた。 呟きが零れる。 「キラどうしたのかな……」 心配で、心配だけれど、知るすべもない。医務室に居るというだけで教えてはくれなかった。 カズイのあれは拙かったのだろう。 キラの所為じゃないか、なんてそんな台詞。 思い出しだけで心臓が凍る。整った容貌は冷えたまなざしをきつくして睨み付けた。 当然だ。 今も警戒して、何も教えてくれないのは当然だと思わないでもないけれど。 それでもやはりキラの現状が知れないのは不安だった。 大丈夫だとは思う。 最後に見たキラはぐったりとしていたけれど、それまでは普通に動いて、喋って――――戦っていた。 それにあの緑の瞳の人が大切に、大切に、してくれるだろう。自分たちではできなかった分まで。 信じていたものの崩壊は、そんな諦めに似た境地を作り出していた。 唐突に扉が開く。その音にビクリと肩を揺らし寄せ合った。食事にはまだ早い時間だった。 「おい、いるか?」 紅い軍服を着た金髪の青年はぐるりと部屋を見回して1、2、3、4……と中の人数を数えてから満足そうに笑った。 「やっぱな。こういうときは一つに集まってるだろうって。正解だねぇ。」 なんだ、と場違いな陽気な口調に眉を顰める。 「入って来いよ。」 後ろへそう声を放ち、自身は遠慮もなくずかずかと入ってくる青年の後に続くのは、最後に見た地球軍の青い軍服ではなくまるで病人みたいなぞろりとした白い服をアンダーの上に羽織っただけの。 「キラ?」 最初にその名前が口から毀れだしたのはトールだった。ミリアリアは突然の再会に言葉が出てこない。 ふわり、と見覚えのある柔らかな笑みを浮かべたのは確かにキラで。 ギクリ、とする。 青白い。もしかしたら以前はもっと白かったのかもしれない。 思い出せない事実に恐怖する。 それだけ隔たっていたことと、それだけキラが精神的にも体調的にも参っていたということを突きつけられたようで。 「みんな、大丈夫?」 「おいおい、それって馬鹿にしてんの?」 茶化すようであり、どこか小ばかにしたような物言いは彼独特のスタンスなのか、怯えた様子もなくキラは彼を見上げる。 「ザフトは保護した人間を利用したりなんかしないさ。」 保護したはずのラクス・クラインを人質に取ったという嫌味のつもりなのだろうか。 「でも、精神的な部分はどうしてもね。」 「……経験談か?」 どっちの船での事かは問わず、どちらにしてもキラは笑ったまま答えなかった。 どうして、そんな風に笑っていられるのだろう。笑って、しまうのだろう。 だから分からなかったのに。 「キラ……は?」 元気かとは聞けずにそれだけを言葉に乗せて。 「大丈夫、だよ。」 ぎこちない会話がもどかしかった。確かに会いたいと思っていたはずなのに実際にキラを目の前にしたら言葉なんて出てこなかった。 馬鹿話もできない。 ただ変に気を使いあった、ぎこちない会話。 そんなのは違う、とトールは拳を握る。 どうしたら昔みたいに笑えるのだろう。 一月もたっていないことを昔と思ったことに自嘲して。 「おまえちゃんと笑えてる?」 唐突な台詞にキラは驚いたような顔をして。 「笑ってるよ?」 ほら、と苦笑してみせるキラの微笑は、それでも前と同じようには見れなくて。 「本当にか?俺、キラの笑い方信用できなくなっちゃったよ。」 「トール……」 「キラが信用できないんじゃなくって!!」 慌てて否定すれば、うん分かってるよと返る。 何を気にしているか、何が信用をなくさせたか分かっていはいた。 だからうすうす知られているのも分かっていながら言わなかった。 「フラガ大尉も艦長もそれにバジルール少尉も厳しいけど優しい人だって皆も知ってるでしょ?」 怖いのは彼らじゃない。 震えるほど嫌悪するのは、泣きたくなるくらい恐怖するのはもっと上のもっと軍人である。 『あれは兵器だ。』 冷たい声でそう断じた声の主。 少なくともフラガさんは優しかった。 『ごめんな』と眠った振りをしたキラの上から降ってきた。多分、自分がそんな役を受け持ったのはフラガさんなりの優しさなのだ。 それでも納得できるかどうかは別物で。 会いたかった。会いたくなかった。 相反するアスランへの思いはまだ整理がつかなくて、ぎこちないままどこか歪んでいる。 黙り込んでしまったキラを気遣ったのか、それともただ単に面白くなくなったからなのか、ディアッカがのんきに口を挟む。 「そろそろ昼だな……おまえら食事はどうなってる?」 まったく関わろうとしなかったディアッカはそれすら知らない。 基本的にナチュラルは好きではないのだ。嫌悪まではいかないけれど。 「ニコルさんが持ってきてくれることになってます。」 「んじゃ、俺らのも持ってくるわ。お前も腹減ったろ?」 えーと、と困ったように笑ったキラに、ミリアリアがすかさず人差し指でびしっと指す。 「ちゃんと食べなきゃ駄目よ!」 「えーとミリアリア……?」 「じゃないと私より細くなっちゃうんだから!!」 「……今更だと思うけど。」 「なによトール?」 「なんでもありません!ミリィ!! 明るい調子でやんややんやと囃し立てる。 まだぎこちなくはあるけれど、それが望んだ会話だった。 |