「ジュール隊長。今期のアカデミー生の中間成績が送られてきましたが。」
「ええいっ俺は忙しい。ディアッカに回しておけ!」
びしっとキーボードから右手を上げて今は不在の副官の席を指す。本人が居ないことをいいことに山になった書類やらフロッピーやらを気の毒そうに眺めながら操作してアカデミーから送られてきたデータを副官のパソコンに回す。この分ではおそらくパソコンの中もそんな仕事で溜まっているに違いない。
そんなことには頓着しないでイザークは回されてくる多くの仕事に手をつけながら指示を飛ばす。
もちろん隊長たるイザークの机やパソコンの中も大差なかった。
デスクワークは苦手ではないが、元々がパイロットである。しかもイザーク・ジュールといえば知る人ぞ知る外見とは正反対の猪突猛進型。今はライバル視する人間が居ないせいか落ち着いては来たけれど、本性が変わるわけでもない。
隊長とはこんなにも仕事が多いものだったのだと、かつて尊敬していた胡散臭いと評判の上司を彼はやはり尊敬しなおした。
moratorium
「おまえフリーダムはともかくストライクの動きは知ってるよな。」
確か、と真面目かどうかはさておきぼやきながらでも机に向かっていたディアッカが振り返る。
その仕事にそろそろ1年もたつ―――1年しか、ともいえるが―――-それに関係のあるものなどないはずで、何がいいたいと不機嫌に書面から顔を上げた上司にディアッカは画面を突きつける。
「その一番上の奴。」
「……アスランを抜かすような奴がいたのか……」
彼らが在学時にトップに躍り出た『アスラン・ザラ』の名前はそれからずっと彼が卒業するまでそこにあった。それからも変化はなかったという。勿論今やれば過去のアスランくらい抜かせるだろうが当時どう足掻いても抜かせなかった名前の上に位置された表記を見て眉を顰める。
「名無しだと!?」
「問題なのは中身なんだよね。」
さらにそれをクリックして記録のファイルが開かれる。
記録された映像がザクと地球軍を想定したフォログラムを写す。打ち落としたものの数を競う疑似戦闘記録。
「これは……」
無意識に触れる顔に傷の引っ掛かりを見つけてなぞる。
何故、ディアッカがフリーダムやストライクを話に出したのか分かったような気がした。
なんの変哲もない緑の極一般的なザクの形だ。Gシリーズとはフォルムはまったく違い、思い起こさせるようなものは何もない。
だが……ロックしたと思った瞬間、微妙にコックピットから逸らされる攻撃は全て手足や銃火器を壊していた。
一度にいくつもをロックオンするほどの銃器はザクには乗っていないが、その戦い方はフリーダムを思わせる。ストライクとの共通点を言葉で並べるのは難しいが、そう思えばどこか似ている気は、した。
「他にこいつの記録は?」
「時間も近いし多分こいつも同じだと思うんだけど?」
ルナマリア・ホークという比較的どの科目でも上にある名前を選び今度はそれを開く。初めから全てを見るつもりなどなかった。そんなことは時間の無駄だ。ディアッカは回された雑事である意味イザーク以上に忙しい。だがいくら成績が良いといっても戦闘の内容も見ずに自分の隊に引っ張ってくるのは些か心もとなくて上位者をばらばらと見ていて引っかかったものだった。
「なるほどな。」
確かにディアッカが確認させるほど――――それに蹴りをいれない程度に――――気に掛かる情報である。
戦中最強と謳われたストライクのパイロット。
ジャスティスと共に英雄と謳われるフリーダムのパイロット。
オーブが血眼になって探す者、ザフトが探査命令を出した者、地球軍がザフトに渡さないとする者。
すべてキラ・ヤマトという同一人物だ。
本人の性格や行動はともかく、ことMSでの戦闘に関しては一時行動をともにしていたディアッカより、接近戦を好むイザークの方がストライクの――――キラ・ヤマトの動きをよく知っていた。
今映し出されたザクの戦い方は似ている、と思う。
勿論それだけで判断できる材料にはならないが。
傷が疼く。
今だ消していないのはもうストライクうんぬんというわけではない。
いつか消すつもりだった。ただそのきっかけがなかっただけだ。
そのいつかが―――――――
「近くなったな。」
呟いた言葉はそれをキラ・ヤマトであるとイザークが確信する証だった。
***
『我々はどこも復興途中であるだろうが、オーブの国民を数多く受け入れてくれた宇宙の隣人にも感謝する。』
キラのパソコンから流れてくる音声にシンは思い切り顔を顰める。画面を覗き込まなくても分かる。戦後からウズミ・ナラ・アスハの後継者としてやたらとメディアに登場していたその声は憶えたくなくてもコーディネイターの記憶力とやらは憶えてくれて、しかもやたらと一人熱くて白々しい言葉は忌々しいほどに叫ばれる。
金髪と同じ色の目をした、きつい眼差しをする女。
――――――カガリ・ユラ・アスハ。
いらいらと振り返って消してもらおうとしたシンは嬉しそうに笑んで見ているキラにむっとして声を投げた。
「そんなに平和が嬉しいのか?」
「まあね。シンは嬉しくない?」
「……あんまり実感がない。」
画面の女から目を逸らせて言いながら違う、とシンは思う。本当は家族を亡くした自分は平和の意味だって大切さだって良く分かっているはずだった。
ただそれがこのアスハの口で語れられる平和が忌々しくて、その犠牲をなかったような顔をされるのがむかついて。それに微笑むキラが悔しいから言っただけ。
「シンはオーブが嫌い?」
戦時中も平和の国と謳われた中立国。
地球で唯一ナチュラルとコーディネイターが共存できる国だった。
その思想自体は間違っているわけではないと思う。シンだってコーディネイターだしそのお陰でオーブでもいじめとは無縁だった。
だが、それを無為に貫いた結果はどうだ。
「嫌いだ。あんな偽善ばっかりの国。」
吐き捨てるように言ったシンを見てキラはいつものように困ったように小首を傾げる。
「『偽善』か……君にはそう思えるんだね。」
「ほんとのことだろっ!?」
諦めたような呆れたような微妙な含みを感じ取りシンは声を荒げた。
馬鹿にされたような、子供といわれたような、普段は頭を抱えさせるような幼い言動をするくせに奇妙に大人びた部分がキラにはある。
「君にそうじゃない、という資格は僕にはない……けどそれがなかったら僕は多分生きていないし戦争も終わらなかったよ。」
「……終わったかもしれない……」
「そうだね。生き物が全て世界からいなくなってからね。」
ひょいっと肩を竦めながら淡々と何気なく口にしたキラに一瞬目を見張る。
分かってはいたがそんな風に言葉にされるとどうしても言葉に詰まる。実際にシンはそれの強力さを目にしたことはない。ただ知識として知っているだけだ―――――核とはそれだけの力がある、と。
そんなシンの反応に淡々としたものから優しく顔を変えてキラは続ける。
「でもそんなことできないだろう?だから僕は剣を取った。君の……」
「聞きたくないっ!」
分かっていた。なんとなく、おぼろげに。
キラが一体”誰”であるか。
正確にはどこに属していたか。
前にキラは軍人か犯罪者かのようなことを言っていた。実際に見た目と違ってキラは強かった――――――-MS戦だけだれど。
地球軍ではありえなかった。キラはコーディネイターだ。だけどザフトのデータベースに彼の名はない。シンだって一応調べたのだ。ルナマリアほどの腕はないにしてもそれを断言できるぐらいの実力はある。
そもそも彼の考え方はシンの嫌うアスハの主張に近い。彼の語るものは嫌悪感を抱くほどには感じないけれど。
「オーブは嫌いだけどあんたは嫌いじゃないんだ。」
――――――――だから何も言って欲しくない。
答えがなければ気づかないふりをしていられる。その間は一緒にいられるから。
精一杯の告白に哀しそうに瞳を伏せるキラは気づかないまま、シンも焦ってキラの顔から目を逸らしたためにそんなキラに気づかない。
「潮時かな……」
ぎゅっとシンがいなくなった部屋でキラは目をつぶりごりごりと解すように眉間に手を当てる。
一所にいることの危険性をキラは良く理解していた。
見つかりたくはなかった。見つけて欲しかった。
だから隠れなければいけないのに。
「でももう少し……」
赤い瞳で一生懸命訴えるシンを思い出してふわりと笑む。
彼の側は月にいたころのように生温くて、優しくて。
少し幼くて、懐かしくて。
「ここに居たいんだ。」