すたすたと躊躇いもなく懐かしい場所を歩いていく友人かつ上司の後に付き従い、片手を上げる待ち合わせ人に手を振って答える。
記憶にあるものよりも騒がしいのはイザークの姿を姿を見てか。
軍とはまた違った賑やかな声に苦笑が毀れる。
「この雰囲気懐かしいねぇ……」
「懐かしいっていうなら赴任してこいよ。」
「なに教えろっての。」
「MSの扱い方は?」
「まだまだ俺は現役だぜ?」
教えてやるにはもったいないね、と答えれば。
「おい、ラスティ。勝手なことを吹き込むな。」
「なに、イザーク。ディアッカが居なくなったら寂しいかぁ?」
「雑用がいなくなる。」
あさりすっぱり顔を若干顰めただけでいなしたイザークに目を丸くして、相変わらず下僕なんだなぁとケタケタ笑うラスティに相変わらず女王様なんだよとディアッカは肩を竦めた。
moratorium
昼を食べ終わって移動にカフェの通りを通りながら首を傾げる。
なんだか妙に騒がしい気がするのだが。
(今日って何かあったっけ?)
そういう時は何気に情報通のレイかさすがに噂には早いルナマリアに聞くのが一番だ。
そう思って生憎ここには居ないレイでなく隣を歩いているルナマリアに聞こうと顔を向けようとする前に。
「あっ見てみて!あれってイザーク・ジュールじゃない!?」
ぐいっと引っ張られて落としそうになった薄いパソコンを慌てて持ち直したのに安堵する。
いくら最近の機械が丈夫になっていると言ったって精密機械だ。落とせば壊れないという保証はない。
毎日使う物なのに壊したら課題もできないわけで、やろうと思ったら実習室に行かなければならないなんて面倒なことこの上ない。キラのを借りるのはちょっと悪い気がするし。
文句を言おうと思って、けれどルナマリアの騒ぐあまりのやかましさにそっちの疑問を先に解消することにする。
「イザーク・ジュールって?」
「ほんっとシンってフリーダムのパイロット以外に興味ないわよねぇ……英雄の一人だし、ジュール隊っていったらアカデミー生の人気高いのに。」
呆れたようなルナマリアの説明にむっとして悪かったな、とそっぽを向いた。
それくらいは知っている。ただ、唐突過ぎてとっさに出てこなかっただけで。
「で、どこに居るんだよ。」
「マッケンジー教官と喋ってらっしゃる白い軍服を着ている方よ。」
ルナマリアの指を追って、目立っている一角に視線を向ける。
あれが、とすぐに分かった。
指揮官クラスの軍人が着る白い軍服は目立っていたし、顎のラインまである銀色の髪はその形も含め特徴的だ。
顔が良いという噂は確かで、眉間から右頬に走った傷跡もその整った顔を損なう理由にはなりえなかったが。
(キラのが綺麗だ……)
自然とそんな風に思う自分に気づいてぎょっとする。
(だから何でキラが出て来るんだよ俺……)
間違ってる、と首を振り綺麗に笑うキラの顔を頭から追い出した。
比較対照にするならレイの方がタイプが似ている。だからレイ並みの顔だというくらいが普通だろ、とツッコミを入れながら。
ふいにこっちを向いたジュール隊長は足を向けた――――こちらに向かって。
ギクリ、とした。
まさかシンに用があるとは思えないが、目が合ったような気がした瞬間に歩き出したのだから疚しいことがある身としては無理もない。
不自然に慌てるシンと興味津々なルナマリアの前で彼は止まり。
「ルナマリア・ホークだな。」
慌てて敬礼をする二人に頓着せずに鋭い一瞥をくれると驚く間もなく圧制的に問いかけを放った。
「『キラ』と言う名に聞き覚えは?」
「えっ……?」
唐突な言葉にルナマリアがきょとんとして、シンはぎょっと目を見開いてジュール隊長を見たのを彼はピクリとも動かず代わりに後ろの随員がチラリと一瞥をくれた。
(探しに来たんだ……!)
思わず握り締めた拳に汗が滲む。
何故、と思う。どこから、とも。
どうしてそんな大物がキラを探しになんてくるのだろう。
キラを見咎めるとしたら生徒でもないキラがここに居ることで、教官だと思ったのに。
こんな限られた空間で教官にだってばれていないのに、どうして外から探しになど来るのだ。
シンが知らないキラの昼間の生活が関係しているのかもしれないと思った。お金を持っているということは働いているということだ。何かを通して。そこに手がかりがあったのかもしれない。
そうでも考えなければ説明がつかない―――――まさかMSのシュミレーションからばれたなんてシンは考えもしなかった。
「その人がなんだっていうんですか?」
「ちょっ……シン?」
何言ってるのよ、とルナマリアが慌てたように袖を引くが引くつもりはなかった。
引けるわけがなかった。ここで追い返さなければばれてしまう。そんな危機感に押されてにらみつける。
部屋から出るはずのないキラが見つかるとは思えないけれど、そんな安心感は少しもなかった。
「お姫様の騎士ってか?」
随員の軽口に二人揃って思い切り顔を顰める。
ルナマリアがお姫さまなんて冗談じゃないし、ありえない。ルナマリアは何かあったって自分でどうにかできる人間だ。守る対象じゃない。
ただ物は考えようで、対象がルナマリアでなければ満更間違ってもいない。
キラを渡すわけにいかないんだ。
居なくなるなんてそんなこと、絶対に駄目だ。
「貴様、何か知っているな?」
ルナマリアからシンへと視線を移したジュール隊長は鋭い眼光のまま疑問でなく問う。
その鋭さに一歩も引かないように足を踏ん張って睨み付けた。
「なんでですか?」
「挙動不審、敵愾心満々、それがキラの名前が出た途端だもんなぁ。」
ジュール隊長の後ろから素直だねぇという馬鹿にしたような台詞が返ってきた。
キラが子ども扱いするのとは違う、もっと不愉快な揶揄するような。
カッとしてくって掛かろうとそっちを睨み上げようとした途端。
「そのくらいにしておいて下さい。」
唐突に。
聞き覚えのありすぎる、今そこに居るのは大変まずい人の声が耳に飛び込んできた様な気がした。
一度固まってからぐりぐりと無理やり顔を向けて振り返った先にはやはりシンの制服を着て微笑む彼がいた。
「キラっ!?」
何で此処に、と声を上げてから、やばいと顔を蒼くする。
今はまずい。凄くまずい。隠すことも誤魔化すこともできない。
声を上げたシンににっこりと大丈夫とでも言いた気な笑顔を見せてキラはジュール隊長……ではなくその随員の金髪の男のほうを見た。
「おっ久しぶり。キラ。」
「うん。久しぶりだねディアッカ。」
旧知の友人にするように笑顔で軽く手を上げて返す。
いつもと同じ、けれど知らない、キラ。
頭を抱えたくなるほどボケているのにこんな威圧的な人と対等なやり取りが出来るのはどうしてだろう。
事態に分かっているのかいないのか、頭を抱えたい気分のシンとは違って驚き連続の中心が顔見知りの気安さもありルナマリアは目を輝かせた。
「キラってやっぱりアカデミー生じゃないの?」
「うん。ちょっとお邪魔してただけなんだ。」
「シンの協力で?」
「えーと。うーん……」
そうなんだけど、と興味津々で問いかけてくるルナマリアに答えつつチラリと申し訳無さそうな目を向けてくるキラに溜息を吐く。
答えあぐねているのは肯定がシンの違反になるからだ。キラが居る時点でばれたのだからそんなことに気を使ってもしょうがないのにと言葉を受け取ってシンが答えた。
「そうだよ。エアポートの前で天候制御装置が壊れてて雨が降ったり止んだりしてるのにずっと座ってて、隠れてるって言うのにどこにも行くあてなさそうだったから……」
呆れたような視線が四対キラに突き刺さる。
通りすがりのシンですら頭を抱えたくなったのだから顔見知りのその奇行には呆れもするだろう。
盛大な溜息が一つ―――ジュール隊長のものだ―――落ちてきてあははと笑うキラに脱力した。
「呆け者の保護には感謝するが……寮に部外者を住まわせるなど本来なら懲罰ものだぞ。」
ギクリと方を振るわせたシンを庇うようにやんわりと、だが有無を言わせないような強さを持ってキラが制する。
「イザーク。今此処に僕はいないんだ。」
「そうだったな。」
ぎょっとするようなことを言うキラにジュール隊長はあっさりと引き下がった。
そんなのは可笑しい、変だ。
キラはここに居るのに。
どうしてそんな一言で納得するんだ。キラだって。
そんな一言でここに居た事実を失くそうなんて。
ぐっと唇を噛んでそんな会話をする二人を睨み付ける。自分のためだって分かってはいたけれど。
くるりとキラは向きを変えてシンの方を覗き込む。
「君が居てくれたから寂しく無かったよ。」
「ならっ……」
行かなくたっていいだろう、と伸ばした手はキラの腕を捕まえる。
放したくなかった。
ルナマリアが言ったように好きとかそんなのはわからないけれど。
部屋に帰れば迎えてくれるキラが居ることに安堵したことは確かで。
夢も前ほど見なくなったような気がする。
恐れていたのは彼がいつか消えてしまうんじゃないかということで。
それが今目の前に迫っている。
「でも猶予期間はもう終わりなんだ。」
どこか困ったように、寂しそうに微笑んでキラは言う。
困らせたいわけじゃなくて。
情けないことに泣きそうな顔をしていたのかもしれない。
何故か顔が近づいてきて額に柔らかい感触があって、驚く間に手が離れる。
「また、ね?」
ニッコリと、悪戯っぽく目を輝かせてキラは迎えに来た二人の間に立っていた。
そこは手の届かない場所で。
また、なんてそんな日が来ることがあるとは思えないけれど。
***
アカデミーの門を出て、エレカに乗ったところで運転をしながらディアッカが笑う。
「にしてもおまえ今回はぬかったよなぁ。」
「っていうかどうして分かったの?」
あんなところに居るなんて普通考えない。
ホテルに泊まったわけでも家を借りたわけでもないから情報が残ることもないのに、とそればっかりは不思議だった。
「イザークの執念。」
ほれほれ、とその綺麗な顔についたままの傷を指して笑うディアッカに。
「そっか。イザークとはそういう繋がりがあったんだっけ。」
助手席に座るイザークの顔を後ろから覗き込んで納得、とキラは手を打った。
ディアッカの軽い物言いに苦々しい顔をしたイザークはチラリと視線をキラに向けてどことなく寂しそうな顔にふんと鼻を鳴らす。
「見つかりたくなかったか?」
ううん、とキラは首を横に振る。
「見つけてくれるのはカガリかなって思ってただけだよ。」
「なんでまた姫さんなんだ?」
幼馴染のアスランではなく、恋人かと噂されるほど仲の良かったラクスでもなく。
カガリとだって確かに仲はよかったかもしれない。
確かに一番人を使えるだけの権力は持っているかもしれない。
お姫様とは思えないほどかなり熱い性格もしているし、キラが姿を消して一番取り乱したのもカガリだ。
けれどキラが彼女こそがと思う理由としては弱かった。
「だって双子ってなんか特別な繋がりある気がしない?」
そりゃそうだな、と普通に流そうとして。
ハタ、と動きが止まる。
「……ちょっと待て。誰と誰が双子だって?」
「僕とカガリ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へー初耳。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
かなり長い沈黙と引きつりまくった二人の反応にきょとんとキラは顔を傾ける。
ブチン、と誰かの欠陥が一本切れた。
「……貴様……爆弾発言をさらっとかますなっ!!」
国家機密ほどの事実をあっさりとばらしたキラに送られた盛大な怒鳴り声はもしかしたらアカデミーまで響いたかもしれない。