-オリ-
4.背信

暗闇は変わらずそのまま。
ただ空気が新鮮さを増したようだ、と思う事態がある。

「なんでお前ここにいるんだよ」
声を檻の外に向ける。本来ならばそれはありえない問いだった。この前までは自分の声が反響して返ってくるだけのはずだった。
だが、答えがある。
「いたら不味い?」
平然と、穏やかに。凪いだ視線をしっかりと返して鉄格子の外から。
同じ紫の瞳の茶色の髪の少年はコーディネイターだといったくせに地球軍の軍服を纏って持ち込んだ椅子に腰掛けてそうして居る。
不味いわけじゃない。むしろ居てくれる分には変化があってうれしい。
鬱陶しい視線も送ってくるわけじゃないし、何かするわけでもない。まともに相手をしてくれる数少ない人間であり、ディアッカ自身興味を覚える身の上で。
また来るだろうか、と思ったのは僅かに昨日だ。
「用なんてないだろ?」
「君の食事。」
「……終わったじゃん。」
昨日の杞憂が馬鹿みたいに、平然とそこにいる相手に向けてため息を吐く。
昨日、と断言できるのは食事の回数からで、ミリアリアには会っていない。食事当番が彼女からこいつに変わったのだろうか。
――――――コーディネイターの捕虜への対策として。
ずいぶんと気にしていたようだから、その可能性は高い。
どちらがいいか、と言われて今は断言できない。普段ならもちろん可愛い女の子の方を瞬時に答えるが、今はこいつでよかったなんて思うのだ。
「まだここにいんの?」
「とくに仕事もないし。」
「じゃあ質問していいか?」
「質問内容にもよるけど。」
答えられる範囲なら、と彼は答える。
捕虜と軍人の会話じゃないとは思いつつも、こいつが気にしないのだからそれでもいいことにしておく。そもそもちゃかすわけじゃなく下手に出ることなど得意ではないし、捕虜になったからといってもナチュラルにへこつくなんて冗談じゃなかった。こいつはコーディネイターだけれど。
何処の世界に見張りより態度のでかい捕虜がいる。
「お前コーディネイターって言ってたよな。」
「うん。そうだからね。」
平然と返す言葉に気負いはない。うそも見えない。だからそれはやはり事実なのだろう、と思う。
コーディネイターもナチュラルも見た目からの判断は付け難い。自然ではありえない色を有しているなら別としても。だから嘘かどうかの判断は端々の言動からするしかない。今のディアッカの状況では。
この場合自分がコーディネイターであるとうそをついた場合のメリットもないが。
「なんで地球軍になんているわけ?」
極軽く放った疑問に断罪のつもりなどない。
だが目を見開いて、驚愕だろうか恐怖だろうか若干の間とともに答えられた時にはもう穏やかなものに戻っていた。
「なりゆき、かな。」
毀された答えは志願して軍人をやってきたディアッカには想像しがたい理由だった。
「成り行きって……そんなんで裏切り者の位置にいるわけ?」
一瞬強張った顔とぎゅっと握り締められたこととをディアッカは気付かない。
「うん……ヘリオポリスから、ね。」
飛び出した地名にぎくりとする。
最終的な崩壊の原因や当初の襲撃理由はともかく自分たちの攻撃で壊れた中立のコロニー。
自業自得だのなんのと言ってはいたが、いざその被害者に会えば平静ではいられない。今ならわかるが文句を言われるどころか恨まれても仕方がないことであるのは間違いない。
今度はディアッカの方が驚愕に固まった。
だが恨みの眼差しでなくそんな反応を示したディアッカに困ったように彼は笑う。
「それで君たちを恨んでるわけじゃないよ。だってそれが戦争でしょ?」
今度は別の意味での驚きだ。
違和感と意外感。
それが戦争である、と一言で断じることが出来る人間は稀だ。戦争という形のないものよりも殺した相手、襲った相手、敵と思える相手を恨んだ方が早いし簡単だから。
そうしてそれが出来てしまう淡白さに意外性を隠せない。
「それが免罪符になる世の中ってのも問題だけどな。」
ちらりと鉄格子越しに見えるやつの姿を見やって。
たくさんあった時間で考えてもしや、と思ったのだ。
奇妙だと思ってはいた。それがそいつとは結びつかないようなナチュラルの特殊な訓練を受けた軍人が乗っているのだと思っていたのとまさかコーディネイターが同族に刃を直接向けることはないだろうとどこかで楽観していたからだろう。こいつの容貌と雰囲気も多分にあるが。それに行き着くまでに結構の時間が掛かった。
「おまえストライクのパイロットか?」
その問いを発した瞬間、空気が張り詰める。
だが、答えは一言。
「違うよ」
ふわり、と笑う。
ふわふわと。
これ以上追求すればどこかに行ってしまいそうな儚さがそこにあった。
「あ〜じゃそれはいいや。」
本当はザフト兵とすればよくなどないのだろうが。
気になるのはこの目の前の少年という存在であって、ストライクのパイロットではない。それに興味がない、とは言わないがいつの間にか対象がはずれていた。
あんなにも執着して、敵だと思って、仇だと思って、そうして思考を残してきたのに。
「名前は?」
初歩的なことを聞き忘れていたことを思い出して重くなり始めた話題を変えるためだけでなく問う。
必要で、間違いなく答えを得られるものだ。
「キラ」
わざとなのか無意識なのか。自然とそこで言葉を止め、ファミリーネームは名乗らない意図は分からない。だが、それはそれで都合がよく。
「君は?」
礼儀の如く問い返された問いに彼もまた簡潔に名前のみを返した。
「ディアッカ」

多分、ここには父親の社会的地位から生じる政治的な絡みも何も入り込ませたくなかったのだ。


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手を血に染めてきた故の檻の中で彼は自分の立場を認識する。