-オリ-
5.看守


今日も今日とてキラはこの暗い世界にやってきた。檻越しに椅子を持ち込んで一日の殆どをそこで費やしている。よっぽど暇なのか。そういえばこのところこの戦艦は動いていないが。
おかげで時間の経過が良く分かる。一人ではさっぱりわからなかったがキラが来る時間は決まっていて、それに一人でいるよりも時間が経つのが早い。
宇宙で育ったといえど24時間の設定は存在しているので一日はその感覚で動いていた。

カタンと食器の音を立ててキラが鉄格子の隙間からトレイを滑り込ませる。
一般的な献立に付くのはスプーンだけしかない。ナイフやフォークといった先の鋭いものは立派に武器となる。それだけで逃げ出そうとは思わないが、流石に上は軍人だ。
いつものことだから気にせずにそれを手にとって口に運ぶ。
一口、二口。こんなところで行儀良くなどしてもしかたがないから大口を開けて勢い良く噛み砕いていく。美味しくもなく不味くもない。おそらくはこいつらと同じメニューなのだろう。ただ二食も少ないから少しでも腹を膨らませるために良く噛んで食べていると。
「包帯とれたんだ。」
ふと何かに気づいたようにポツリと言った言葉に手は止めずに顔を上げる。
昨日まで巻かれていた薄汚れた包帯はベットの下に放り込んであった。完全に傷は塞がったわけではないが、だいぶ汚くてそれをしていたほうが余計に菌が繁殖しそうだったのだ。
コーディネイターが傷に菌が入り込んでぶっ倒れるなんて、ただでさえ失態なのにこれ以上恥の上塗りはできない。
「戦闘で?」
食べ終わったところで問われたことにおや、と思う。
いくら外聞の悪い話でも話題にならないわけがない。起こったのは医務室、騒ぎを起こしたのは下っ端の少女。退屈な戦艦の中では面白いスキャンダルだ。最も恋人が死んだことは周知の事実とやらで同情しか集まらないのだろうが。
(そうでなくてもあれじゃーな……)
コーディネイターというだけで凶暴な珍獣でも見るようなあの視線。敵意と恐怖。
あれではすべてこっちが悪いことになるのは間違いない。
キラはどうだろうか?
初めから敵意も恐怖もなく真っ直ぐに見返してきたこいつは?
どちらが悪いと断じるだろうか。どちらに同情するのだろうか?
仕様もないことに思考が嵌っていくのを感じて無理やり思考を引き上げる。
「お嬢さん方に殺されそうになってさ。」
「殺されそうになった?」
訝しげな顔にひょいっと肩を竦める。
ミリアリアという名前を出したらどうなるか。事実であるし言っても構わない。
悪戯心が持ち上がるがキラの真面目な目を見ているとそれはタブーな気がする。彼が言う”ミリアリア”が駄目なのだ。何かを警戒していて、もうこない、だとか言い出されると困る。何故、と言われるとそれこそ困るが。
だから真実に近い嘘を紡ぐ。
「赤毛のお嬢さんだよ。医務室で銃もってコーディネイターなんか死んじゃえばいいってね。」
それは本当。
けれどこの怪我はそうじゃない。
思い当たることでもあったのかすぐに頷いたキラは僅かに唇の端を緩めて笑う。
「フレイには色々あったから。」
影のある風情で笑うのは安堵からか。
悟りきった顔は諦めからか?
同じコーディネイターで、仲間からそんな言葉を言われるのはどんな感覚なのだろう。
もしかしたらこいつも何かされたんだろうか、と思わせる。
「親密そうだな。」
「僕の彼女だったからね。」
人の恋路など茶化す意外で興味はないが、思わず驚いて微妙な語尾を聞き流す。
顔立ちは悪くないのだから彼女の一人や二人居たって問題ないだろうが、奥手そうなキラが彼女もち、しかもあの凶悪なイメージしかない女では驚くのも無理はない。
「そりゃ女の趣味悪いな。」
「そー言うこと言うかな……フレイは美人だし、一番欲しいものをくれたから。」
顔なんか憶えていないが確かに出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ女だったかもしれない。
後の理由
――――― 一番欲しいものなんて想像もつかないが。
多分美人、だということよりもそれが大きかったんだと思わせる。会ってすぐだとてそれくらいの性格は把握できる。そりゃ男として彼女は美人に越したことはないが、キラはそれを一番に考えるタイプとは到底思えない。
ふーんと気のない返事を返して話を元に戻す。
最初に感じた疑問、だ。
「知らなかったのか?」
「僕そのときここに居なかったから。」
ますますもって可笑しな答えに知らず眉を顰める。
アラスカでいなくて今はいる。そんなのは変だ。
外の情報がまったく入ってこなくても、何か大きな戦闘があってそのあと何処かに来たことくらいは分かる。船の揺れ具合と聞こえてくる喧騒でそれくらいの推測が出来ないようでは赤など着ていられない。
「ほんと変な船だよね。」
飄々と肩をすくめる。不思議、だとか奇妙だとかそんな言葉じゃ足りないくらい。
本当に『変』だ。
コーディネイターの癖に地球軍にいるこいつとか。
地球軍の癖に俺に敵意もないこいつとか。
たくさんあったはずの疑問は今はキラ一人のことに絞られている。
いつのまにかストライクのパイロットへの興味が薄い。
「おまえさ、なんでここに居るんだよ。」
先日と同じ、けれどニュアンスの異なる問いに。
「気になる?」
くすり、と笑う少年には先程の影はない。
興味深く頷き返せば小首を傾げる様に少しだけ考えて。
「じゃあ看守だと思えばいい?」
「んな看守がいるかよ。」
平然と捕虜としゃべって、普通に呼びつけもタメ口も享受する。
そんな看守なんていない。軍人としても既におかしいのだ。
「君の側は居心地がいいんだ。」
「そーいわれたのは初めてだね」
アスランとは完璧にそりが合わないし、それなりに気があってよくつるんでいたイザークはそんな愁傷なことをいう相手じゃない。
「じゃあ同じコーディネイターだからってしといてよ」
そう言って、やっぱりキラは笑った。






「……本当は?」
コーディネイターがコーディネイターに感じるシンパシーは想像できる。分かる、気がする。
けれど。
「それだけじゃないだろ?」
あの女のことを忠告したときの真剣な瞳。
嘘じゃないけれど全てでもない、といったところか。
「看守、ね」
あながちそれは間違いではないのかもしれない。


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監視する少年はまだ真意を見せない。