檻 -オリ-
6.異分子
何故、キラは此処に来るのか。
何も無い、暗い、牢獄に。敵だった者しかいない場所に。
視線を上げて、他愛も無い話をしているキラを見てディアッカは考える。
確かなことは何一つ分からない。分かるだけの素材も憶測するだけの素材も十分には残してくれない。
だが、なんとなく分かることもある。もともと彼は勘の良いほうで、だから立ち回りもうまい。
引っ掻き回すことを面白いとする思考から常の状況判断はお世辞にも良いとはいえないが、実際アスランとイザークの諍いにしても逃げることの叶わない部屋の被害はともかく胃薬が必要になることはなかった。
キラは俺の側が居心地が良いのだと言った。
同じコーディネイターだから、と言った。
けれど、初めて会ったときキラはなんと言ったのか。
あの迫力を、聞き取れなかった言葉を、思い出して考えれば。
――――――――――監視。
そう考えたほうが納得がいく。
別にそうだとしても普通に話をすることに変わりはない。キラのように真っ直ぐに見て普通に話す人間は気に食わない奴も多かったあの同僚たち以外に知らない。
コーディネイターにしてもナチュラルにしてもその種類は別として、やることは揃いも揃って似たようなもので優れたものに対しては畏怖か敬遠か。敵わないものに向ける視線はそれが嵩じて嫌悪や排除にもつながる。ブルーコスモスなどという集団は典型的なものだろう。数と力の関係はいつも一定ではない。
とても強い人間に片手で足りるくらいの人数ならば楽勝だし、だがその強い人間が数人いても対する相手が何十人、何百人、何千人と多すぎればその力関係は意味を成さない。数の暴力の成立だ。
彼にこんなまっすぐな視線を向けてくる人間が強い存在でないわけが無いのだ。しかもナチュラルの中に一人放たれたコーディネイターで。
つまりはそんな視線を受けたとしてもあの女のことが大切だ、ということだ。
(……なんとなく面白くないね。)
それは今彼はここにいるというのに自分はその女の次、もしくはついで、という位置にいるということで。
酷く気に食わない。
胸に湧き上がったむかむかに、何だと思って今度は関係なくはないのだろうが、見ていて答えが出るわけでもないキラの顔からすっと目を逸らした。
それに気づいているのか、それともいないのか。視界の端にほんの僅か映っているキラの様子からはわからない。それにやっぱりイラついて。意識を自分に向けたい。
「そういやさ、ストライクのパイロットって知ってるか?」
突然の話題に戸惑ったわけでもあるまいに、一瞬えっと答えに詰まる。
時々乗っていないことがあったとてこの戦艦に乗っていたなら知らないわけが知らないわけがないのだが、疑問形をとったのはその反応が知りたいからだ。
「いやさ、ストライクのパイロットに一言物申したかったんだけどさ?」
「……なんて?」
ぎゅっときつく握り締められる拳。僅かに白くなる。
これだけ距離があってそれが分かるのだからそうとうな力が入っているのだろう。そう思ってディアッカに薄い笑みが上る。
今、確実にキラの意識は彼にある。
「”あんたは人殺しの自覚ある?”ってさ。」
期待したほどの反応はなかった。
もっともそれは見えなかっただけ、ということもないではない。薄闇でコーディネイターの視力をもってしてもベットの上に腰掛けた自分と、鉄格子の外にいる相手とではその瞳の奥の表情まで読み取ることは難しい。ただ少なくとも逃げ出すだとか、震えるだとか、そんな大きな変化はない。
思ったよりしっかりとした声でただポツリ、と。
「ストライクはイージスに撃たれたよ。」
嘘だ、と思った。
ディアッカはストライクのパイロットはキラであると確信している。
違う、とキラは言ったけれどどうしたってそう考えなければ辻褄が合わない。
コーディネイターより上手くMSを乗りこなす人間をナチュラルなどと思えないし、コーディネイターがそう都合よく地球軍に何人もいたらたまらない。それも偶然に乗り合わせたような奴に、だ。
それに……もしキラが違うというのならあの否定する必死さは、儚さは一体なんだ。
確かに、目の前にいるのはキラであってストライクのパイロットではないとあのとき割り切ったけれど。
「パイロットは脱出不可能だろうって。MIAが出た。」
その後は知らない、とキラは言った。
どこか突き放すように。それ以上知らない、という風を装ってけれどその実言いたくないのだとディアッカは思った。
「おまえその時はこの船に居たのか?」
「……いた、よ。」
どこか躊躇いがある。嘘ではない。けれど全てでもない。
嘘は吐きたくないけれど、全てを良いたくもない。そんな風で、器用じゃない。ディアッカならもっと上手くやる。
「でもその後すぐに居なくなった。」
”降りた”でも、”移動になった”でもなく”居なくなった”と。まるで消えてしまったほうがよかったかのように。もし本当にディアッカの予想通りならば随分と自虐的な台詞だ。
「なんで居なくなったんだ?」
普通そう言われれば移動であるとか任務であるとかそういった答えを予想して終わる。それは往々にして軍の機密に関わることもあり、興味に飽かして突き詰めていいものでもない。
だが、また予想外の応答。
「じゃあどうしてディアッカは戦うの?」
「どうしてって?」
「守るためとか、憎いからとか色々あるでしょ?まさか君が命令だからっとかいうタイプじゃないだろうし。」
そもそもその前に軍人になるという選択をしなければならないのだからその時点でなにかしらを選ぶということなのだろうが、あえてそこは突っ込まずに考えてみる。
ここで突っ込んだら一気に機嫌は急降下するだろうし、シリアスでどことなく緊迫した雰囲気は払拭されるだろうが、変に茶化すと二度と来てくれなそうだ。まさかニコルでもないし、とは思うが。
軍に入った時点でコーディネイターのため、ナチュラルを滅ぼすため。自分の種族が勝つため、だ。
それに疑問を持つことはない。許されない。
キラのそんな考えは、ここでもおそらくザフトでも。
異分子なのだと分かる。
考え方が違う。感じ方が違う。
かつての自分とのあきらかな差異。
今ならついていける考え方。
「あんたはなんで戦うんだ?」
まっすぐに会った視線が怖いくらい澄んで。
あの笑みだ。ふわりと笑う。儚げな、消えてしまいそうな―――――消えたいと思っている笑み。
「何と戦わなくちゃいけないのか少し分かったような気がするからかな。」
良く分からない。何と戦わなくちゃいけないのか。勿論敵だろう?そんなことは初めからわかっているはずだ。自の存在を、権利を脅かすもの。そもそも敵がわからなければ戦争のしようも無い。
けれどディアッカが疑問を返すより先に、言うだけ言ってかつん、かつんと足音が遠ざかった。
「……何と戦わなくちゃって、ね……」
あの笑みにこれも地雷か、とディアッカはごろりと何も無い天井を見上げる。
新造艦だけあって独房だというのに汚れはない。暗いから薄墨の色に見えるが、きっと明かりをつければ真っ白なのだろう。そんな天井を見つめながらあの意味を考える。
言葉の意味よりもむしろ笑みの意味を。地雷に踏み込んでしまったなら何も壊れていないかどうか。
また、彼がここにくるのかどうか。
――――――――おかしい。そんなことを考えるこの感性は絶対的に変だ。
どうして一々気にしているのか。
「好き、なのかね?」
まさか、と思う。
軍では確かに男同士の恋愛や肉体関係もないわけではない。むしろ多いと聞く。
だが勿論軍在経験が短くエリートを走ってきて女に困ったことの無いディアッカにそんな経験はなく。
「俺は可愛い女の子が好きなはずなんだけど?」
たとえばそれは興味とか、関心とか。
多分ここで同じ異分子の存在に惹かれるだけのことなのだ。
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考えて、考えて。檻の中の少年は何かに気づく。
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