檻 -オリ-
7.敵
『あんたはなんで戦うんだ?』
簡単で難しい問い。今はもう答えを持っているはずなのにそれでも一瞬躊躇って、射抜かれる。
興味の視線。
彼は純粋にただ興味深い存在としてキラを見る。
初めからそうだった。同じ色の瞳が暗がりから見えた時は一瞬緊張した。
それが皮肉げな口調で怖くないの、と聞いたのだ。
その答えで全てが決まった。
「キラ君?」
話を振られてはっと我に返る。幸いに優秀な耳はきちんと言葉は拾っていた。
訝しげにこちらを伺っているマリューさんとその傍らに立って不思議そうな顔をしているムウさんと心配そうな顔をしているカガリと難しい顔をしているウズミ様。自分が今どこにいるかを思い出して、飛んでいた思考を誤魔化すように薄く笑ってキラは言った。
「バスターのパイロットは下ろしてあげないとですね。」
その言葉にはっとしたようにマリューさんとムウさんは顔を見合わせた。
まさか忘れていたのだろうか、と思ってそうかもしれないとキラは思った。あれだけのことがあったのだ。自分のことで手一杯で敵だったもののことなど一時的に忘れているのも無理は無い。
だからキラがあそこに入り浸っていても誰も何も言わなかったのだから。
誰も気にしていなかった。だからミリアリアが食事を運ぶまで誰も残された食事のトレーに気づかなかった。
故意か、無意識か。きっと半分は故意ではあるけれど、もう半分は無意識だ。
ずっと自分たちを脅かしていた相手を良く見ることは難しい、ましてやMIAを宣告された人間が出たばかりだ。それが通りすぎたら今度はもう相手にしている余裕は無い。きっとそういうことで。
「地球軍じゃないのにザフトの人を捕虜とは言わないでしょう?」
「そりゃまあそうだな。」
軽く肩を竦めるように賛同するムウさんは問題なくうなずいた。
だから彼がキラは好きだ。コーディネイターだからと強い憎悪も恐怖も敵意も感じさせない。実際に剣を交えるように戦ったのはムウさんが一番多いというのに彼は敵に対する憎悪や嫌悪といったものから一番遠いところにいる。もしくは戦ったからかもしれないが。
”エンディミオンの鷹”という名前は有名で、故にもし捕まったとしたら自分が相手にどう思われるか分かっているからかもしれない。
自分がされていやなことだから相手にもしない。そんな簡単な理屈を守れるような人間は少なくて、キラもできない。ストライクが恨まれていることを重々分かっているからその答えを告げられなかった。
ディアッカはそれを知らない。だからきっと最初にああして威嚇するような態度をとった。
知る機会がなかった。誰もが彼を忘れ、誰もが近づくことをしなかった。
憶えていても憶えているうちは知ることはできなかっただろう。彼らとの交戦で、彼らがヘリオポリスで行った作戦で、この船にのる人間がなくなったことは彼自覚しているかわからないけれど事実だ。
バスターやデュエル、イージス、ブリッツはその象徴であり、人情としては恨まれても仕方が無い。
それでもキラが目指すものは、そんなもののない世界で。
「敵の敵は味方ではないけれど敵の敵だからって敵でもないですから。」
ザフトが敵でないと言ったら嘘になる。攻撃してくる限り戦わなくてはいけない。瞬間、瞬間でその道を選んだものの戦うべき相手は変わる。
けれど。
今は違うから。どちらでもないなら彼は此処には置いておくべきではない。いてほしくはない。
こちらの勝手な都合でひっそりと誰にも知られずに、一緒に死ぬなんてことになって欲しくは無かった。
自分で選んだことならばしかたがないかもしれない。彼は軍人だから。
でも……できることなら生きていて欲しかった。キラも死ぬつもりなどないけれど。
「えっええ、そうね。そうなんだわ……」
言い聞かせるようにマリューさんは軽く頭を振りながら同意を示した。
この人もだから好き。迷っても、軍人の艦長らしくなくても、人間らしい優しさを忘れないから。
「本当は交渉とか色々手続きがあって捕虜の返還ってあるんでしょうけど、そういうのは無理でしょう?だったらせめて下ろしてあげるだけでもしないと……」
「それしかあるまい。もう少し早ければ返すことも可能だったが今となってはザフトに接触することは不可能だ。」
この緊迫したなかでのザフトへのコンタクトは地球軍に良い口実を与えるだけだ。
もはや最後通知が出た今、関係ないかもしれないが。
「彼ならきっと一人でも帰れますよ。小さい子供じゃないんだし、ザフトの基地だって近くにはあるんでしょう?」
「ああ。最近はどこも地球軍かザフトに分別されてしまったからね。」
ウズミの言葉に決定事項となったそれにふわり、と笑うキラを安堵と複雑な思いで見て。
彼が、何の接点もないはずのキラが捕虜をそんなにも気にする理由に彼らは気づくことは無かった。
コツリ、コツリと重力下で音のする靴が通路の硬い床を蹴る。
通いなれた拘禁室への道だが思ったことがあって食堂へと行き先を変える。まだ知らされていない知らせはもう少ししたらそこすらも慌しくさせるだろう。
だからこれが最後。いつでも出られるように待機していなくてはならないし、今までは比較的暇を持て余していたキラも忙しくなる。それは何もキラに限ったことではなく艦全体にもオーブ全土にもいえることだけれど。
「――――――――君は、敵?」
ポツリと放った問いはごくごく自然な問い。願望を載せた、けれど答えが返ることの無い。
同じ異分子だった。
彼は確かにザフトだけれど、どこか違った。昔、戦争を嫌いだといっていたアスランよりもきっとずっとキラに近い。
彼の側は居心地が良かった。彼は詮索をしない。興味のあることを聞いては来るけれど、それは別段キラに濁りを与えるものではない。たまに不意打ちで飛び出してくる言葉からは逃げればいい。鉄格子が邪魔をして追ってはこられないのだから、なんて都合の良い相手。そうして次に行ったときはもう忘れているのか興味を失ったのかもうその話は蒸し返されない。
初めは確かに興味があったことは否定しない。言い訳を考えて次も行った。
監視者のはずだった。ミリアリアが傷つかないように。もうフレイの二の舞は起こさないように。
その意味が変わったのはきっと彼があまりにも自然でいるからだ。彼を良く知らないキラがそう思えるくらいに自然に普通に少しふてぶてしく。
ミリアリアが泣く要素は彼にはない。
完全に、とは言い切れないけれど、ムウさんと戦闘をして捕虜になった彼とトールにはなんら関係が無い。傷つける可能性は彼の強がりな虚勢の言葉。
それもきっと相手が普通の同等な視線ならばそんな態度はむやみにとらないのではないだろうか。
そういう意味でキラはミリアリアを探す。
サイはだめだった。カズイもだめだった。
確信はないけれど、きっと彼の嫌いな視線を持ち彼をますます異端にするだろう。
怒りと恐怖と。向けられて良い感情が生まれてくるはずも無い感情の視線。
だからますます溝が広がる。
何故ミリアリアが大丈夫なのかはわからないけれど、ディアッカはミリアリアに対してそういう感情を持っては居なかった。
女の子だからかもしれない。トールのことを聞いたからかもしれない。それでも彼が自分以外にそんな様子なのは嫌で、なのにそれに縋りたかった。
見つけた背中に向けて小さくキラは息を吐く。
それから顔を上げるよう促すのに少し大きな声を出して呼んだ。
「ミリアリア」
振り返った彼女はキラを認めてニッコリと笑った。
一時期はやつれて仕方が無かったというが、キラがこの船に帰ってきてからは普通に生活しているしそれほど分からない。いつもの優しい、愛嬌のある笑み。
止まって待っていてくれたそこまで早足に近づいて、キラは性急に言葉を紡ぐ。
「頼みがあるんだ。」
「珍しいわね。なあに?」
きょとんとかわいらしく小首を傾げて問うミリアリアにキラは言った。
曰く、もう少しして戦闘が始まる前に捕虜を拘禁室から出して欲しい、と。
次第に彼女は目を見開く。
信じられない、というように。どうして、というように。
だから居た堪れなくなってキラは俯く。彼女もだめなのか、と。
「ごめん……君に頼めることじゃなかった。」
「そういう意味じゃないの。」
慌てて首を振って否定するミリアリアに柔らかく笑んで続きを待つ。その透明な笑みはきっとディアッカが言う地雷を見事に踏み抜いたときの顔。
儚げ、とも言う。頼りなげ、とも言う。確かでない、消えてしまいそうな、そうであったらいいと思うとき自然と浮かぶ笑み。それが一層ミリアリアの声を震えさせて。
「どうして、キラは……」
後に続く言葉はきっと「優しいの」であるとか「許せるの」であるとかそんな優しい言葉だ。自分を一度殺した相手――――――直接ではないにしても。
知っている人の優しさは時に痛い。
何も無い、何も知らない、何も分からない、自分が興味を持つことだけに食いついて、そうして自分だけが与えられる答え。それこそが今のキラには心地よかった。
”彼”のような……
それでもキラに彼をその中から出す勇気はなく。出したとたんに彼は今までの姿を一転させてキラに疑問をぶつけてくるのではないかと怖くて。
「僕はやっぱり意気地が無いんだよ。」
違う、違うと首を振るミリアリアにキラは頭をなでることしかできなかった。
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檻に通う少年は別れの予想に涙する。
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