にらみ合って早数秒。

WOMAN

「あら。アスランはいませんの?」

嫣然とした笑みからかわいらしい笑みに形を変え、だが根本的にはなんだか変わっていなさそうなそこはかとなく黒さが漂ってきそうなそんな笑顔でラクスは笑う。
一見して彼女のその問いはまともに聞こえる。婚約者の同僚上司がいるということは当然婚約者もいるはずで、なのにその婚約者の姿がないのだから。そう、そこで頬をふくらませてみたりして拗ねて見せれば軍人であり忙しい婚約者の気を引くために家出して見せたのに肝心の婚約者がいないなんて悲しいですわ、的な図にも見えなくは無い。

が。

「ええ。あなたには残念なことに別任務を与えられているそうですので。」
「つまりませんわね。せっかく笑って差し上げようと思いましたのに。」

頬を膨らませて拗ねて見せるのも、言葉がこれでは「何をだよ、何を。」と突っ込みたくなるだけだ。
任務だからとはいえ迎えにきた婚約者に笑われたのではいくらアスランでも不憫だろうとディアッカは考える。もっともアスランならラクスが何を笑っているのかわからず仏頂面の顔でさらに眉間をしかめるだけかもしれないが。

「アスランはやっぱり美人さんでしょうか?」

これまたほめ言葉、とかのろけと聞こえそうな台詞をラクスは小首をかしげてかわいらしく聞く。
けれどやっぱり何か違う。
だって、美人さんて……美人さんて……男にはあまり使う形容詞ではない。

「確かにアスランはこのところ休暇がなくプラントにも戻っては居ませんが、分からなくなるほど変わってはいませんよ。あの年頃の少年は。」
「あらあら。私が言っているのはアスランは美女に化けまして?ということなのですが……」

「は?」

思わず間抜けな顔を晒すのはイザークだ。ディアッカはもう慣れはじめて、ニコルは聞かない振りを徹底している。アスランの任務が極秘性の高い任務であると知っているはずの(国防長官の名誉を汚さないためというのは流石に知らない)クルーゼにいたっては相も変わらず、だ。
すなわちラクスと微笑でにらみ合っている、と。

「アスランのことですから徹底的にやりますでしょうし。そもそも元がいいでしょう?いくらなんでもクルーゼ隊長のようなおじさんでしたらおぞましくて私みたくありませんわ。」

仮面だからその顔は見えないが、口元が微妙に引きつったような気がしないでもない。

「私はまだ20代なのですが?」
「存じておりますわ。」

突っ込むところはそこかよと少年たちは自分たちの隊の隊長が存外挑発に弱いことを知る。
こんなのでは彼女のこの弁舌に煙に巻かれそうだ。
人を煙に巻くのは大の得意のあの隊長が、舌戦で負けるというのはなかなかお目にかかれない光景でそれはそれで楽しいかもしれないが、彼の下についている彼らとしてはそれは避けたい。
ぽよよん歌姫にやり込められたのでは軍人の名が廃る!

「ラクス・クライン嬢!」
「なんですの?ニコル様。」

「つかぬ事をお聞きしますが、なぜそのことをご存知で?」
「秘密ですわv」

ハートをバックに深読みすればあんたたちに話す理由などなわ、とも取れる答えが返された。











「ラクス?どこいったんだ?」

ピンクの髪を見つけたから注意しようと思って追ってきたカガリは目印を見失ってきょろきょろと辺りを見回した。
モルゲンレーテは彼女の遊び場のようなものだ。
当然そこに出入りする人間も大体は把握しているし、もともとはザフトの人間の接待は彼女の役割であったのだから、資料としてデータに記載された顔写真くらいは見ている。
もちろん一般兵までチェックする暇などないから主要人物。―――隊長格と、アスラン対策の赤服だけだけれど。

そしてあいつら。
いたいけな美少女を囲むようにたっている男たちは、軍服は着ていないとはいえ間違いなくデータで見た奴らだった。

すなわちザフトの追手。

(ああ、だから言わんこっちゃ無い。)

早々に見つかってしまったラクス(故意)。
ここで助けなければ男じゃない。
―――あんたは女だろうとの突っ込みは却下だ。
今の私はキラだ。
身も心もキラになりきるんだ。

キラが今この場にいたら間違いなく助けるだろう。
もちろん私だって助ける!

「おまえらラクスに何をしている!?」

ばっとカガリはラクスと銀髪のザフト兵―――イザークの間に割ってはいる。

「なんだこいつ。」
――――地球軍?」

ディアッカがその軍服の徽章に目を留めて呟く。

「まさか足つきの……」

そしてニコルの呟きに二人もはっとする。
足つき――――正式名称をアークエンジェルであるのだとすでに彼らは知っていたが――――をオーブに追い込んだのは彼らだ。そしてその国の重要地区に地球軍。そんな場所にザフトを入れる辺りは豪胆なのかずさんなのか。それとも他国のことと関係ないと思っているのかは知らないが、そうくれば導き出される答えは足つきの乗組員か、近隣の基地から派遣された部隊の一人ということだ。

「だったらなんだ!ラクスを返せ!」
「返せ、だと?」

「ラクス・クラインはプラントのアイドルでありお前たちのものではない!」
「そんなのっ関係あるか!!」

繰り出される拳。
イザークは軽くかわして逆にその腕をひねり上げた。

「ナチュラルのくせに敵うと思っているのか?」

「キラ様!」

律儀にキラの名前を呼ぶあたり結構余裕らしい。
もちろんそんなことに気づくカガリでもイザークでもないが。

「ほう……」

物色するようにカガリを眺めていたクルーゼは笑みを深める。
彼は忘れてはいなかった。
忘れるはずがなかった。
”キラ”―――キラ・ヤマト。
アスランの執着する、ストライクのパイロットである少年の名。
アスランから聞いた話のイメージとは少々違うが、ぼうっとしているかはともかくお人よしなのは確からしい。自分の身が可愛ければこの状況で飛び出しては来まい。

「イザーク。その少年あまり傷をつけずにつれて来い。」
「はっ?」

何故、とろこつに顔に書いてイザークは命令を下した上官を見上げる。
それでも手は放さない辺りやっぱり素直だ。
一度根付いてしまった命令という名の束縛にばっちりと嵌っている。
そうして諾々と命令に従った少年に楽しそうに告げる。

「収穫かもしれないぞ。」

仮面に隠された顔に笑みを刻んだその下から聞こえてくる声にぞわぞわと肌が粟立つような感覚を味わったが、実は片割れが同じ感覚を味わっているだなんてカガリには知る由も無い。

「じょうだんじゃないっ放せ!」
「ええいっ五月蝿い!わめくんじゃない。」
「捕まりそうになってわめかない人間なんているわけないだろ!」
「漢なら喚かん!負けたのなら潔く観念して自決するわ!」
「いったいいつの人間だよ!私はそんなこと絶対しないぞ!っていうか負けてない!!」
「はっこの状況でどう逃げるというんだ馬鹿が。」






「さて。ラクス・クライン。」
「なんですか?クルーゼ隊長。」

カガリとイザークの怒鳴りあいをBGMに。

「ご同行願えますかな?」

疑問系でありながらも、そこに選択の余地は無い。

「お返しくださるつもりなどありはしないのでしょう?」

答えるラクスもまたあの笑顔で。






(あれがラクス・クライン……これがラクス・クライン……この妙にどっか違う人が……)
(アイドルはやっぱブラウン管の中で見てこそかね……)

純粋にラクスファンのニコルと可愛い女の子の好きなディアッカは生ぬるい笑みを浮かべるしかなかった。

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