一艦だけでも十分に怪しいその戦艦。誰の趣味だか水色の高速艦ヴェサリウス。
どうして宇宙艦がそこにあるのか甚だ不明で、しかもわざわざIDを偽装したというのに普通にオーブにそれがあることは大変問題だが。
そんなことよりもこれが艦隊になっていたら間違いなく逃げ出すだろう、とラクスはほのぼのと思うのだ。
WOMAN
「放せっ放せってば!」
「五月蝿い!放せといわれて放す馬鹿がどこにいる!?」
「馬鹿だとっ!馬鹿というほうが馬鹿なんだぞ!」
「ふんっナチュラルなど馬鹿で十分だ。捕まっておきながらぎゃんぎゃんわめくなど育ちが悪いな。」
「育ちが悪いのはおまえだろう。このおかっぱ!!」
「なんだとっ」
「ナチュラル、ナチュラル五月蝿いんだよ!だいたいそれは偏見だ!コーディネイターでも馬鹿は馬鹿だ!」
誰とは言わなかったが、カガリの頭にはしっかりくっきりとキラ馬鹿と顔に書いた普段はすかした顔の男が浮かんでいた。
あんな奴に一度でも取り押さえられたのは不覚だ。
ラクスに指摘されるまで気づかなかったのだが、カガリがいまこうして五体満足で生きていられるのはキラに似ているというこの顔のためでしかない。
銃器類はもとより体術もMSの訓練も一通り受けていて、砂漠でもキサカという護衛がついてはいたものの立派に戦力として戦っていた自信も自負もあったカガリが、コーディネイターだから、というよりは純粋にその強さに恐怖したというのに。
「ナチュラル風情が愚弄するか!」
「誰もお前だとはいってないだろ!」
こいつも怒鳴ってばかりで五月蝿いし、語彙も少ないがまだマシだ。
突然「キラ!」と言って抱きつかれたり、夜通し「キラ、キラ、キラ、キラ」連呼されたり、「どうしてお前は地球軍なんかに…」と泣かれたりしない。
いくらコーディネイターの中でも優秀だろうが、顔が良かろうが、エリートだろうが、そんな男に殺されそうになったなんてほんとに本気で抹消したかった。
クルーゼとラクスの冷戦とは反対にさらにヒートアップしている二人を前に、ディアッカとニコルはここには居ないもう一人の同僚を思い出す。
それ日々日常なのに今日はやたらと衝撃的な現実が多すぎて、しみじみと思い出さずには居られなかったのだ。――――――人はそれを現実逃避と呼ぶ。
「あーなんかアスランとイザークが揃ってるときより五月蝿いな……」
「アスランは妙に静かに対応しますからねぇ。」
意外と負けず嫌いなのか、挑発にのっていないようで相手をしているアスランもアスランで中々五月蝿いのだが、二人揃って怒鳴りあうだけに五月蝿さは二倍だ。言っている内容はどちらにしても子供の喧嘩くらいにくだらないが。
「……なんだと?」
イザークと二人喚き合っていたカガリは聞き捨てなら無い単語(いやいや名前)を聞いてぐるりと振り返る。イザークに引きずられているだけだった人間のどこにそんな力があったのか。
「アスランが来ているのか?」
どろんどろんどろんとでも効果音がつきそうな恐ろしい声でカガリはディアッカに詰め寄る。
「はぁ?なんでお前が知ってるわけ?」
「知ってて悪いかよ。」
「だっておまえ地球軍だろ?」
「違っ……」
「今はそうなってしまいますわね。」
いつもの調子で否定しようとしたカガリの口をラクスがやんわりと封じる。
流されるように志願してしまったとはいえ今、キラは紛れも無い地球軍の軍人だ。
階級は少尉でストライクのパイロット。
そこまで明かす必要はないが、それでもキラを装うならば否定すればするだけキラの立場は悪くなる。軍服を着ているからにはなにかしら事情でも信念でも、理由たるものがあるはずだと思うだろう。それを否定して、逃げようとして。”キラ”がコーディネイターだとばれた日にはどんな目にあうかわかったものではない。なんせ裏切ったくせにみっともなくもそれを否定したことになるのだから。
もっともキラの格好だうんぬんよりも地球軍の軍服を着た人間が否定したって軽蔑のまなざしをもらうだけだろうが。
カガリがぼろを出す前にラクスがディアッカに解説をつける。
「ディアッカ様。キラ様は月生まれですの。アスランもたしか月で育ったのだとお聞きしたことがありますわ。」
ですから知っていたとしてもなんら問題もなければおかしなこともありません、と。
もちろんにっこりと笑顔つきで。
「存外世間とは狭いものですわ。」
そう。世間なんてものは意外に狭いのだ。
アスランが攻撃したコロニーにたまたまキラがいたり、ラクスの家で場所にたまたまキラが居たり、キラに扮したカガリがクルーゼ隊にたまたまあったり。アスランがカガリに扮したキラに今あっていたとしても可笑しくないくらいには世間は狭い。
「ということだ。アスランはここに……オーブに来てるのか?」
「ああ。俺らとは別口で潜入してるけど。」
その言葉というよりはむしろラクスの圧力に負けて続けられたカガリの質問におとなしくディアッカが答える。普段の彼ならば、ナチュラルの―――それも地球軍の奴の言葉など聞きゃしないが、矜持も余興も命あっても物種だ。
「ラクス!」
答えを聞いたとたんにさっきイザークと子供の喧嘩をしていたとは思えないほど鋭く名前を呼ぶ。
「大丈夫ですわ。今のあの方はカガリですもの。」
「あの変態にそんな変装通じるか!!」
変態?
変装?
なんのことだと思いつつ、カガリの剣幕とラクスのオーラに阻まれて聞くことなどできはしない。
話の流れから変態=アスランだということは分かったが、同じ隊のメンバーとしてフォローするべきか、納得してもいいものか悩むところも在った。
今までは知らなかったが、あの違和感なく女装をこなした姿を見てしまってはアスラン変態説は即座に否定できない。
任務とは言っていたが、それを下したのは国防長官―――アスランの父親だともいうし。
「あまり私の部下を変態扱いしないでほしいのですが?」
私まで変態だと思われそうだ、と言ったクルーゼの言葉は。
「あなたの部下だから余計にキラ様も心配なのですわ。」
「そんな仮面の部下ならなお心配だ!」
クルーゼが変態だという意見ですっぱりと流されたのだった。
ニコルが…ニコルの出番がない(泣)