頭が痛い、とお目付け役はいつもながら頭を抱えて思うのだ。
双子だからといってこういうトラブルを引き起こす才能まで似なくてもいいではないか、と。
現在オフレコな事実を沿えて。
WOMAN
これをどう収拾をつけろというのだろうか。
キラだけだったのならこれ以上なく上手くいったのだろうきっと。
カガリでは喧嘩を吹っかけるか、少なくともヘリオポリスを襲ったというクルーゼ隊には敵意満点な視線をやるに違いない。地球で育ったためか、コーディネイターうんぬんの拘りはないが若干ザフトに対して点が辛い。砂漠でもそうであったように。
それを考えればカガリ様がこのドレスを嫌って逃げたのも、ラクス嬢がキラという身代わり提供策を授けてくれたのも、マーナが説得(脅しとも言うかもしれない)したのも妥当だろう。
だがこんなおまけがつくのは聞いていない。
右から左へと通り抜けていく会話を耳にしていればこの目の前の状況がなんなのか教えてくれる。
キラの驚きようからいっても地球軍ではあるまい。モルゲンレーテの社員でもなさそうだ。
ザフト軍所属の”アスラン”。
カガリから話は聞いていた。というか聞かされた。
あの無人島の事件の後、無鉄砲な彼女の行動についてそれまで怒っていたのはこっちだというのに何があったか尋ねたらば烈火のごとく怒り出し、瞳を爛々と輝かせながら怒鳴り散らしたのだ。その地であったザフトの少年兵―――イージスのパイロットについて。
いわくそれはコーディネイター馬鹿代表だという。
恐ろしく強く。恐ろしくキラ馬鹿だと言う話だ。
「キラ、少し痩せた?もともと細かったけどこう抱きごこちが……」
「そりゃ痩せるよ。」
「やっぱり足つきなんかにいるからっ」
「君たちがこっち人数すくないのに何度も何度もしつっこく攻撃してくるからだよ。」
「俺がいるからもう大丈夫だよ。」
……少年(女装だのなんだのと言っているのだから男なのだろう)の不器用に真面目に真剣で噛み合っているようで噛み合ってなさそうなキラとの会話を聞いていれば納得する。
何処かで育て方を間違えたのではないかと思ってみれば、その父親に女装趣味疑惑とロリコン疑惑が掛かっているという。カガリの情報が正しければ国防委員長だそうだ。
主戦派のパトリック・ザラ。次期議長の話もささやかれている。
メディアの情報からはこれっぽっちも感じさせないが、この息子の口から言われるとそうなのか、と思ってしまう。だからこんな息子ができたのか、と。
……そんなものをトップに据えようとして大丈夫なのかプラント。
「ちょっと、アスランっ!?」
切羽詰ったような声にはっと飛んでいた意識をキサカは呼び戻した。
いつのまにそうなったのか現実逃避に走っていた現実ではキラが追い詰められ、誰もがみな美女が美少女を追い詰めるという倒錯劇をぽか〜んと大口開けて傍観している。
「何するんだよっ」
「もちろんザフトに……プラントに連れて帰る。」
ここで本来ならばすぐに助けに入り、この美女じゃなくて少年をザフトの工作員であるとして拘束すべきなのだろう。
だが軍人にあるまじきことだが、妖しさ満点な美女…じゃなくて少年(くどい)の微笑に立ちすくむ。
「そんなことっ!だいたい僕は今地球軍なの!ストライクのパイロットで砂漠の虎を撃破してクルーゼ隊を退けて殺してるんだよっ無理に決まってるじゃないか!」
「父上の許可は取った。」
問題ないと言い置いて一息にひょいっと横抱きに抱き上げる。
キラは微妙な顔でそれを見た。
顔のすぐ目の前にはアスランの顔。
嫌いじゃないのだ。嫌いだったら親友なんてやってないし、今だってさっさと適当に撃破する。
コーディネイターらしく整った容貌はキラだって好きだし―――人間綺麗なものはたいがい好きな者が多い―――呆れながらも見捨てないで付き合ってくれるような面倒見のよさ(キラ限定)も好きだ。何でもできるくせに鼻にもかけないというよりはそれを当たり前だと考えてるような気がするところなんかは大いに反感を買っていたが、キラにとってはまた当たり前だからそう気に食わないこともないし近寄りがたいこともない。
だけれど彼の顔には今ファンデーションも薄くだが塗ってあって、マスカラがくるりと付けてあるのまで分かってぞっとする。
(思い出は綺麗なままがいい!)
カッコいい……かどうかは置いておいて、良き……かどうかも置いておくが、ともかくトリィを作ってくれたみたいな幼き日の思い出を壊されたくはない。あれは感動の綺麗な思い出だった……
ちょっと口うるさいけど宿題もなんだかんだ手伝ってくれたアスランもやっぱり好きな思い出。
敵対するようになってから大分イメージは壊されたが―――いわくキラ欠乏症だったところに本人を見つけ暴走を始めたのだという―――カッコいいところだってなかったわけではないのだ。むしろカッコよかったのに。
「おじさんも君もほんとにいったい何考えてるんだよ!」
「決まってるだろ?」
心底真面目に言われるから困るんだ。
「キラのことに決まってるじゃないか。」
この親子は。
そりゃ権力なんて使ってなんぼののもかもしれないが、それだって職権乱用に過ぎる。
が、何を言ってももはや通じないのは確認済み。
幸いここにいるのは一人ではないのだから助けはきちんと呼ぶべきだ。
「キサカさんっ!」
助けてっと求められた助けに応じようとした途端。
今までキラしか眼中になかったような美女(少年)のふわり、と邪悪な笑みに止められる。
「おまえはオーブの人間だな。カガリが帰らなくてもいいのか?」
「なんだと。」
カガリ、という彼のアキレス腱を示されて動きを止める。
「ラクスが居ることだしどうせカガリがキラの格好でもしているんでしょう。本物のキラが行かない限りカガリは返ってきませんよ。」
彼の言葉は予測であるのにまさか、といえない所が痛い。
むしろカガリのことだ。その可能性はものすごく高い。そしてキラの(地球軍の)格好をしているというのに無鉄砲にも飛び出していくことは想像に難くない。
「キサカさん〜〜」
うっと詰まりつつも目をそらす。
が〜んっとキラはショックを隠せない。
いつもならカガリのためだし仕方がないと思うところだが、状況が状況だ。
誰でも身の危険には忠実だ。
「キサカさんっ!!!」
「キラ。君の声が聞こえるのは嬉しいけれど、あんまり他の男の名前を連呼されると気分が悪い。」
「アスランの気分が悪いとどうだっていうんだよ!!」
機嫌悪く叫び返したキラに。
生身のキラに触れている所為か、それとも手に入るのを確信しているためか、アスランの方は機嫌を悪くした様子もなく口角を吊り上げて艶やかに微笑した。
「口、ふさぐよ?」
「×○△!!」
口角を吊り上げて艶やかに微笑した幼馴染に奇声を発し。
次の瞬間見事に宣言通りにキラは口をふさがれた。
「すまん……だが、カガリ様には代えられんのだ。」
それを見て少年の今後を思うと涙を堪えながらキサカは見送る。
少年はこうしてオーブにも売られたのだった。