シークレット・ソウル
ただ少女たちの囁きが聞こえるだけだった通路は、やがてその声も聞こえなくなり、けれど誰も動かなかった―――――否、動けなかった。
問題を起こした軍人たちには処理をしなければならないし、少女たちは部屋に戻さなくてはならない。
そんなことを考えられる余裕もなく、ただただ何もできなかったときと同じに固まったまま。
静かな、静かな――――――静寂。
動いたら何かを壊してしまいそうな気がしていたのだ。
だが、立ち入りを制限された区画と言っても誰も通らないわけではなく。逆を言えば必ず”彼”が通る場所でさえあって。
「何をしている?」
フレイを放すまいとしがみ付いていたキラがその声が聞こえた途端。
ピタリ、と動きが止まる。
誰を見ても、何を言われても、恐怖だけは浮かばない少女の瞳に浮かぶのはまぎれもなく恐怖だ。
血の気の無い白い顔がさらに青ざめる。
アスランからはフレイの肩に押し付けたキラの顔は見えない。
「キラ?」
なぜ医務室に居るはずの彼女がここにいるのか。
フレイに言われたことはもとより、その前のキラからの拒絶が堪えていた。
だがそんな事よりも問題なことが今はあった。
「血が出ているじゃないか。」
止まっていた足を踏み出して距離を詰める。
動かない。動けない。立ち尽くしたまま。
触れられるままにキラはアスランの体温を感じた。
目の前にアスランがいる。
眉を顰めているのに手を握って。
でも、どうしてそこに居てくれるのかわからない。
どうして、とは聞けなかった。
それ以上眉を顰めて、厳しい目をして、嫌われているのだと思い知らされたら壊れてしまいそうだった。いくらフレイがいても、その温もりがあっても、一度覚えた恐怖は抜けなくて。
最終通告。
彼から貰う最後の言葉はそれであると。
…………………そう思っていた。
キラに聞いても埒が明かないと思ったのか、アスランはあっさりと居合わせたらしい同僚に視線を向ける。転がっている緑の軍服と、ぎゅっとしがみ付いて離れないキラの様子から想像はついたが。
「ニコル、これは?」
はじかれたようにニコルが我に返って報告を口にする。
「フレイさんが僕らを待ちきれずにキラさんに会いに行こうとされたようで、途中雑兵に絡まれました。僕たちが慌てて探していたところ、騒ぎに気づいたキラさんも医務室から出てこられたようです。それで……」
言い渋った続きをあっさりとディアッカが口にする。
「お姫様がそいつらのしちゃったわけ。俺たちの出番なかったね。」
「……そうか。」
信じないかと思ったが、あっさりと頷いたアスランに意外の念を持つが、幼馴染だというアスランには簡単に信じられる情報があるのだろう。
「そいつらは任せても?」
はい、とニコルが答えるのを聞き、キラの腕を掴んだままアスランは身を翻す。
動かないだろうと思われたキラも何故か大人しく後を付いて行って。
「ちょっとっ……!」
慌てて追いすがろうとするフレイの腕をディアッカが掴んで止める。
なにするのよ、とにらみつけるフレイに飄々と肩をすくめてみせて。
「いつまでも何も分かっていないわけじゃないさ。」
「チャンスくれてやってもいいなじゃない?」
イザークとディアッカの台詞に免じたわけではないけれど、抵抗しないキラの背中を見て。
悔しそうに唇を噛んでふん、とそっぽを向いた。
「あんたたちいったいなんなわけ?」
離れただけで不安そうにじっと見送ったまま動かない女に見かねて問う。
思ったのは今日が初めてではない。”おかしい”関係。
「私はコーディネイターが嫌い。憎い。怖い。だからキラが守ってくれて、キラは女だと知られるのが恐い、特にアスランって奴に。」
過激な発言にぎょっとしてフレイを見る。
表情は唇を噛み締めるようにぎゅっと引き結ばれているけれど、嫌いで憎くて恐いコーディネイターを前にしている顔には見えなかった。そんな醜い顔はしていなかった。
「キラだってコーディネイターだろ?」
「キラはいいの。キラは特別よ。」
「だって……私には何も残ってないんだもの。」
「ヘリオポリスもパパも全部なくなったわ。」
ギクリ、とした。
それは自分たちの――――――罪。
任務であり、悪いことだとは思っていない。人間を殺しているという実感はなかった。
だが、ヘリオポリス。
あれは目に見える、自分たちの所業の結果。中立といいながらそこで地球軍のMSなど作る方が悪いと言いながらも、チクリと刺さるとげのようなもの。
「あんたたちが壊したんじゃない。」
だから否定はしない。
……できなかった。
「キラまで壊そうとするなら私が殺すわ。」
「私に残されたのはキラとの約束だけなんだもの。」
握り締めたこぶしは白くなるまで力が込められ。
いつまでも二人が消えた方を睨みつけるように見つめていた。