シークレット・ソウル




慣れた通路をぶつぶつと呟きながらフレイはキッと前を見据えて進んでいく。
ちらちらと寄せられるあまり感じの良くない視線も、ぼそぼそと聞こえてくる声も、気にしてなんかいない。
それはある意味本当だった。
気にするべきことが沢山あって、頭の中はキラのことだけだったからそんなものが思考にはいる余裕なんてないのだ。

「あいつ、まさかキラのところに居るためにあいつら来させなかったんじゃないでしょうね……」

なんか本当に怪しいわ、と呟くフレイの言葉はさすがにコーディネイターの耳でも聞こえない。たとえ聞こえていても意味はわからなかったに違いないが。
(ああ、本当に心配だわ……)
距離があるといっても限られた戦艦内だ。フレイたちが詰め込まれている大部屋と医務室はそれほど離れているわけではない。ただ住居区付近にはさすがに枝道がわりとたくさんあって、もう少し……次の路地を曲がればもう目前でこのあたりまでくればほどんどと人の居ない
―――それがあの男の配慮というのは癪だけれど―――静かなものだった。
そっちに向けて軽く床を蹴った途端、ふいに強く肩を掴まれて引きずりこまれる。

「痛っ……なによ……」

一瞬、あのノリの軽い金髪で肌の黒い男かと思ってにらみつける。
フレイに声を掛けてくるのは赤い服を着たやたらと偉そうな男たちだけだ。
だが、目に入ったのは赤ではなかった。

「何、とはご挨拶だな。ナチュラルが。」

しまった、と思う間もなく足がすくむ。
1、2、3……三人。
頭上から見下ろす蔑むような下卑た笑み。
(気持ち悪い……)
コーディネイターが優れた人種だなんて嘘だと思う。
確かに綺麗な人間は居る。キラの外見はまあ綺麗だし、気に食わないがあの男たちも嫌味なくらい整った顔をしている。
けれど今顔を上げればただ、ただ、気持ち悪いだけだ。

「捕虜の分際でナチュラルがなんで勝手に歩いているんだよ?」
「そりゃナチュラルは馬鹿だからじゃねーの。」

(気持ち悪い……気持ち悪い……怖い……)
ぎゅっと閉じそうになる瞳を必死で開いてにらみつける。
ここで負けるわけにはいかなかった。
だって、だって……

「何するのよ!」

泣かないって決めたのに。
守らなくちゃいけないのに。

腕に食い込む指が痛くて怖い。

「やっキラ!」

伸ばされた手を払いのけながら思わず口を付いて出たのは少女の名前。
ここで叫んだって医務室まで聞こえないことはわかっている。それも上ずって絶叫とは程遠い声ではいくらフレイの高い声でもそう響かないだろう。
それでも。

「キラっ」

あの瞬間から、助けを求めるのはあの子にだけだって決まったのだ。
絶対の信頼と絶対の味方。
キラは約束を破らない。
裏切らない、もう。一度責めたあの時からフレイはキラの絶対になった。
だから。

「キラっ」

―――――――――助けて、と名前を呼んだ。








どうしてナチュラルの捕虜一人のためにこんなにもてんてこ舞いになっているのか。
冷静に考えればいたって不思議で、常ならありえない。これはひとえに今探している女の所為、というよりは眠っている印象しかない少女の所為か……いやそれとも相乗効果だろうか。
あっさりと鉄面皮を剥いでみせたくせにそんなアスランに怯える少女も興味深いが、アスランに食って掛かる女も面白い。
それよりもあの過保護さにこそ目を引かれるが。
なんにせよ、ごく普通の
―――と言っていいのかは疑問だが、軍人でもブルーコスモスでもない―――少女たちだと知ってしまった相手では自業自得とはいえ何かあったら後味が悪すぎる。

「あーったくどうして見つかんないのかね……」

ぶつぶつと呟きながら角を曲がった途端、目を引く緑の軍服。
今回隊長から全権をまかされたアスランが医務室にほど近いこのあたりは近寄るなと暗に命じた
―――少女の静かな眠りを保つためだ―――とはいえ絶対にいないとは言い切れない。
そして……ちらりと見えた赤い髪。

「おいっなんか揉めてんぞ。」
「言われなくてもわかるわ!」

声を上げたディアッカにイザークがいつもの通りに突っ込む。
やっぱりこうなっていたか、と内心ぼやきながらその間も距離を詰めて。

「何を……」

しているんですか、とニコルが声を上げて止めようとした瞬間。
ゆらりと立つ白い人影に気づいた。
気づいた、というのは正しくはない。目を奪われるより先に人影が声を発した。

「フレイに触るな。」

低く。
本当の少年のように押し殺したような声。
彼らとは反対の通路からベッドの上でしか見たことのない少女がそこに居た。

「なんだおまえ?」
「……放せ。」

少女が答えたのは一言だった。
言葉とともに床を蹴る。一瞬で詰まった間合い。
勢いをつけられた足が裸足のまま拳を頭を動かすだけの最小限の動きでかわして顔面にめり込む。
軍で見慣れたような洗礼された、もしくは力強い動きではない。
だが、どこかで見た憶えのある動きである気がする。
速いと言っても第三者の目で追えないわけではない。だがずっと医務室で眠っていたのが信じられないような動きで、その細い手足のどこにそんな力があるのか、瞬く間に三人の男を地に伏せる。

「フレイっ」

呆然として男から取り戻したヒトを抱きしめて。
最初は互いにきつく、抱き合っていたのにだんだんとその比率が本来なるべきものと逆になっていく。
怖かったのはコーディネイターの男に絡まれたナチュラルの女だろう。
淡々と、あっさりと、三人もの軍人を少女が怖かったと認識できたとは思えない。

彼らはただ、見ているしかなかった。
声を上げる暇すらなく、そこに割って入る隙すらなく。

「なんなんだ……」

居るはずもなく。
触れれば壊れてしまいそうな雰囲気で。
それなのに。

どうして、ここに居る。
どうして、同じコーディネイターである限り、しかも軍人である明らかに少女より力の強そうな男複数を相手にできるのか。
それが虚をついていたとして、それで倒せるハンデでもない。

「……フレイっ……フレイっ!!」

二人の間にある安堵と、恐怖。
安堵は身の危機から脱したこと、唯一を取り戻したこと。
恐怖はさっきまでの身の危険、失うかもしれないという不安。

混ざり合った感情を抱きながら少女二人はすがりつくように抱き付き合う。
”怖かった”も”ありがとう”もなく。
”大丈夫?”も”怖かったね”というわけでもなく。

「大丈夫よ。あんたが守ってくれたわ。」

だから私は大丈夫だわ、と震えて抱きついてくるキラをフレイがなだめる。

それは契約。それは制約。
例え傷の舐め合いでも。


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