シークレット・ソウル




いらいらと大部屋の扉をにらみつける。そうしていても一向にそれは開く気配はなかった。
それどころか騒々しい声の一つも聞こえてきはしない。
アークエンジェルのクルーが詰め込まれた部屋に時計はないが、自分たちが食事を出された時間で”いつも”との時間を計ることは可能だった。

「遅いわね。」

一体全体なにをしているのか。今日の当番が金だろうが銀だろうが緑だろうが知らないが
―――藍だけはごめん被るが―――いつもならもうとっくに迎えが来て、キラのところにいっているはずなのに。

コツコツコツ。
つま先がイライラと床を蹴る。

ちらり、ちらりと迷惑そうにもしくは恐ろしそうに見やる視線をものともせずフレイは視線をドアから離さない。そんなもの目に入ってなんかいなかった。

ダンダンダン。
さらに強く踏み鳴らす。

その変化は時間にするなら10分か20分にも満たない時間で行われ、短いフレイの堪忍袋はぶちきれて、すっくと立ち上がった。
ビクリ、と近くに座っていたカズイが怯えたようにとびずさる。

「行って来るわ。」
「でも、フレイ……」

ミリアリアが控えめに意見するが、最後まで聞くこともなくフレイは勝気に笑う。

「だってあの子わたしがいなくちゃご飯だってちゃんと食べないのよ!またやせちゃうじゃない。」

古今東西痩せることは女の夢だが、やつれるのとは意味が違う。
そもそも元が細いキラがこれ以上やせる必要なんてないし、むしろもう少し太らせなければならない。顔はいいのにガリガリなんて冗談じゃないのだ。

「それにあいつ……全然懲りてないんだもの。」

押し殺したように零した呟きの意味はフレイ以外には分からない。
フレイがいないときに鉢合わせしたらどうなるかわからない。キラはまだ冷静に相手の反応を判断なんてできないのだから。前みたいにちょっと眉を顰められただけで恐慌状態に陥ったら今度は誰がなだめるのか。

(守るって言ったんだもの……)

「ちょっと!」

とりあえず外に出るために声を張り上げた。








ずんずんと進んでいく女の制服を見て『足つき』に乗り込んでいたザフトの兵士が忌々しげに顔を顰める。
いや
―――――顔でも分かる。捕虜の癖になぜか赤服の彼らに連れられて歩く姿は記憶力のいいコーディネイターでなくとも憶えられるだろう。

生意気だ、と思う。
大体甘いのだ。
ナチュラルなどさっさと処分するなりしっかり閉じ込めておけばよいものを、いったい何故あんなにも自由にさせておくのか。
この件に関して隊長から一任されているのがアスラン・ザラだけに表立っては何もいえないが、不満は常にくすぶっていた。常のアスランならば気づかないわけはないだろうが、今はキラのことで精一杯の彼にそれを気にする余裕はない。気づいていてもどうにかできるかどうかは別として、そんなものよりキラの心理が知りたいというのがおそらく彼の心情だろう。
――――――そんなことを一兵卒が知る由はないが。

「……なあ。」
ふと、何かに気づいた男がそばに居た仲間に声を掛ける。
「あれってさぁ問題じゃねー?」
目線の先にはさっきから視界に入る一人の女。
そう。”一人”なのだ。
「逃げられたらやっぱまずいだろ?」
「そーだよな。ここはやっぱちゃんと捕らえとかないとなぁ。」
獲物を見つけたがごとく舌なめずりをせんばかりに笑う。

捕虜が勝手に出歩くなどしていいはずがないのだ。








格納庫から出てきた騒音がなかなか速いスピードで移動する。
うんともすんとも言わせることが出来なかったストライクは確実にイザークの脳内温度を上げ、勤務時間を超過させた。アスランに止められた
――――というより取られたことも火に油を注ぎ、結果アスランが腑抜けていてもイザークは通常以上の過熱っぷりだ。
そしてそれはもう一つの弊害を引き起こしているに違いなく、近くなりつつある部屋に向け肩をすくめる。

「あーキャンキャン五月蝿いだろうなぁ……」
「貴様が遅かったからだろう。」
「だったらおまえさっさと行けばいいじゃん。もとからおまえの当番だろ?」
「何を言っている。これは貴様の管轄だろう。」
「……おい。」

遅くなったのは事実だったので、受付はしないがいつもの調子で多少の文句くらいは聞き流してやろうと思ってはいたのだが。
居心地の良い視線ではないものを一身に浴びて、見回した中に目的の人物がいないことに眉を潜める。くだらない言い争いで過熱した意識も一気に冴える。
見逃すはずはない。赤い髪は目立つし、そもそもあの女は待ち構えるように扉の前に陣取っているのだ。

「あの女はどうした?」
「フレイならキラのところに行くってさっき……」

おずおずと口を開いた少女の言葉を遮り、ディアッカが慌てて確認を取る。

「一人で行ったのか!?」

怯えた様子で、けれどコクリと頷くのを受けて部屋を飛び出す。

「あの馬鹿が!」
「やっぱり自覚なんてしてねーじゃねーかよ!」

慌てるのは彼女が捕虜だから、という理由だけではない。
あの女は敵にしてみての自分の存在というのをあまりに理解していない。

「ニコルっ!」

ちょうど曲がってくるのにかち合った同僚をひっ捕まえて合流させる。
こればっかりは事情を知らない下っ端を使うことは出来ない。焦燥の一因が彼ら以外のザフトの面々であることもそうだが、ことを大きくすることもまずいのだ。今の状態は責任者がアスランであるからできている体制であって、クルーゼが出てきてしまったらこうはいかない。

「あの赤い髪の女みなかったか?」
「どうかしたんですか?」
「あいつ勝手に行きやがった。」

それだけできちんと何のことか悟ったニコルはみるみる顔を険しくさせる。

「そんな……ロックは掛かってなかったんですか!!」
「知らねーよ。ただ部屋にいなかった、ってことは開いたんだろ。」
「……なんっていい加減なんですかー!!」
「そりゃ上があんなんじゃね……」

その言葉に納得しそうになって脱力し、とにかくとニコルはこぶしを固める。

「行き先は分かっているんです。むやみやたらと探すより医務室に沿って探しましょう。」
「……そうだな。とりあえず行ってみるしかあるまい。」

努めて冷静になろうとニコルが出した案に、しぶしぶと言いたげにイザークが同意する。
もともと熱くなる理由などありはしないのだ。理由があるとしたらアスランだが、そいつは今彼らが持つ情報を知らない。
だが……

「妙なことになってなきゃいいんだけどな……」


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