シークレット・ソウル
荒々しい調子で部屋に入ったアスランは設置してあるソファーに座らずに、迫った壁を蹴りつけた。
「何をわかっていないと言うんだっ!」
ガン、と格闘術系もアカデミートップのアスランの脚力で蹴られても分厚い戦艦の内壁はへこみはしなかった。さすが新造艦とほめるべきところか、ヴェサリウスが古いのか――――――ロッカーと違い、簡単に壊れてしまったらとてもまずいが。
(イザークの癇癪の代わりにこれかよ……)
どっちもどっちの厄介ごとにディアッカは重い溜息を吐く。
『腰抜けの監視は任せたぞ、ディアッカ。』
『ちょっと待てよ!』
『女性関係はあなたの十八番でしょう。』
誰がだ誰が、と突っ込みたいところだが哀しいかなわりと付き合いの古いイザークに押し付けられるのはすでに習性になりつつあり、あれでニコルも弁が達者だ。口で勝とうというにはいささか難しい――――――口以外でも勝てるか甚だ疑問だが。
まぁ厄介ごとに巻き込まれたくないという個人的感情を除けば確かにその選択は無難かもしれない。
なんせイザークはアスランとどっこいどっこいの朴念仁だし、ニコルの浮いた話というのも聞いたことがない。人の機微に聡いというのと恋愛において頼りになるというのでは若干異なる。
それに対してディアッカは常日頃からその手の噂が絶えないし、事実それなりに遊んでいる。アスランのような熱烈な恋愛とは程遠いが。
「でもさ、実際お前見て彼女ああなったんだろ?」
否定はしない、出来ないのだろう。あそこに否定できる要素はなく、認めたくなくとも事実は変わらない。
ぎろりと睨み付けてくるアスランに肩をすくめて。
殺気立ったアスランの視線は射殺されそうなほど鋭くて恐ろしい。
「だーそう睨むなよ。せっかく俺がアドバイスしてやろうってのに。」
確かに怖いが……
ニヤリ、と口の端を吊り上げておかしそうな笑みを作る。
「女の子の気持ちなんて考えたってわかるわけないだろ。」
この方がずっと面白みがあるというものだ。
すかした顔しか記憶になく、アカデミーから一緒でも絶対に馬が合いそうになかった。
だが、ナチュラルの女の言葉に動揺したり、儚げな少女一人の反応に一喜一憂したり、そんなやつならもう少しまともな関係が築けるだろう。面白い人間はわりと好きな方だ。
「朴念仁のアスラン・ザラ?」
明らかにまじめそうな、婚約者とだって意思の疎通が出来ているか甚だ疑問の男だ。その言葉は間違ってはいないはずだ。
「うるさい。」
ふて腐れたように一言言ってから大人しくなったアスランにくつくつと笑みを零しながらディアッカはソファーに身を沈める。
少なくともあの少女がストライクに乗ることを選んだ理由は分かるのだ。
男と女の思考回路が違うのかその行動を理解は出来ないが……
その理由がアスランにあるというのなら、会いたいとかここで離れたら二度と会えないとか、人殺しにしたくないとか、そんなところだろう。
あの女が言ったことが正しい、というのが前提だが――――――彼女がそこで嘘をつくメリットなどない。
「わっかんねーな。」
ならばどうして彼女はアスランを見て怯える?
同じ赤を着た自分たちに特に反応することはなかったのだからモビルスーツのパイロットが怖いわけではないはずだ――――――視界に入っていなかった、ということがなければだが。
「俺もまだまだだねぇ……」
アスランよりはまともだとしても、全容はさっぱりと見えてこない。
医務室が静かになっていくらもしないうちにゆっくりとキラは瞳を開ける。
一つの錠剤で3時間は眠れるはずの薬だったが、どんなに弱っていてもナチュラル用の薬はやはりキラには弱いのだ。
「ごめんね、フレイ。」
「あんたが謝ることなんて何にもないわよ。」
予想できていたことだ。そのための用意もしてあった。
アークエンジェルが投降した時からフレイは決めたのだ。
「これが契約よ。」
「……そうだね。」
頷くキラは、けれど納得していない。
守ってほしいと言うくせに、いざ守ってやろうとすれば酷く申し訳なさそうな顔をする。
契約という言葉を使ったって交換条件なんだとしたってそうで、本当に甘えられる相手はたった一人しかいないんだと全身で主張しているみたいだ。
「好きなんだ……」
「知ってるわよ。そんなこと。」
何度ものろけを聞かされて、うんざりするほど甘い話をぶちまけられて。
その間だけはあの戦艦にあってもとても嬉しそうで、幸せそうだった。
だからどれくらいキラがあの男を好きかなんて知っている。あらためて言われるまでもない。
あの男よりもキラのことをずっと、ずっとフレイは知っているのだ。
「怖いよ……」
なのに本人がいるとこんなので、理解できない。
戦うことの方がよっぽど怖いんじゃないのだろうか。
殺されるかもしれないと、殺してしまうかもしれないと。
”守る”というその言葉だけでキラはそんな恐怖も退けてしまえる。それくらいキラの友達を守るという意識――――――守らなくてはという強迫観念は強い。
同じくらい強く、自分が女だと知ったらあの男がキラを嫌うものだと信じ込んでいて。
「ぎゅって眉顰めてたんだ……」
罵られたわけでも、問い詰められたわけですらない。
たったそれだけの行為であれだけ恐慌状態に陥らせることができるあの男が悔しい。
たったそれだけの行為で嫌われてると錯覚できるキラの傾倒ぶりに呆れる。
諦めたように溜息を一つ、キラには分からないように吐いて。
「大丈夫よ。あいつは今ここにはいないしキラの嫌なことなんてないわ。少し眠っときなさいよ。」
時間はいくらでもあるけれど、いくらあったって疲れきったキラには足りない。
起きていればその分体力も消耗する。だから寝ているのが一番いいのだ。
疲れて夢も見ずにぐっすり眠ってしまえばいい。
うん、とキラが目を閉じるのをフレイは髪を梳きながら眺める。
小さな寝息。小さく、小さく、息を殺すような。
アークエンジェルにいる間も、キラをあいつらに見せたときも、ここまで酷くなかった。それはキラの言ったアスラン・ザラの行動が尾を引いているというのは明白で。
「あの男っ……!!」
一発くらい殴っておけばよかった、とフレイは拳を固める。
だが、まだ機会はあるのだ―――――――歓迎できることでは到底ないけれど。