シークレット・ソウル




静かな部屋の中で静かに視線を注ぐ。
少女だ、と言われれば確かに女の子で。やっぱりシーツ越しにも柔らかな曲線と膨らみは見間違いようがなくて、伸ばした手が少し躊躇う。
もちろんあんな女の言うことなど気にすることなどないのだけれど。
(理由、なんてあるわけがないじゃないか……)
隠し事をされたのが一つ。
いくら呼んでもこの手を取ってくれなかったのが一つ。
そんな根底のわだかまりに気づかなくても、キラは確かに友達が乗っているから守らなくてはと言ったのだ。
「……キラ……」
やわらかそうな髪を梳く。
長くはないが綺麗な髪は心地よく、キラもくすぐったそうに身じろぐのにくすくすと笑みがこみ上げてくる。
(これは……気づかなかった方がおかしいな、確かに。)
こればっかりは自分がひたすら鈍感だということを自覚せずには居られない。かなり落ち込むところだが、今はキラに触れている所為か不思議と暗い思考にはならなかった。
ただ、いったい何が本当で何が嘘なのか。
その答えが一つだけは確かだ。
気持ちよさそうにアスランの指を享受していたキラの瞼が震えた。ゆっくりと開かれる瞳。
紫色のそれがぼんやりとアスランの顔を映す。
「キラ?」
声をかければふわりと微笑んで。
そうして自分の格好を見て青ざめる。

「アス……ラン……」

震える声。
間違いなく怯えている、と嫌でも分からざるを得ない。
だが、何に?
自分に、という考えはアスランには浮かんでこなかった。キラと自分は親友で、小言を言うことに嫌な顔をみせることはあっても、本気で怯えられることなど考えられない。

分からなかったから、その怯えようにほんの少し眉をしかめただけだった。
だが、その些細な反応が。

「……っだ……」

がたがたと震えだしたキラにあわてて肩を支えるように手を伸ばす。細い肩が震えるのをどうにか止めようと抱き込んで、そうして近くなった距離で今度ははっきりと呟きが聞こえた。

「イヤだ…嫌だ嫌だ嫌だ……」

嫌だ嫌だと言いながら、それでも払いのけられない手を不思議とも思わないでアスランはひたすら彼女の名を呼ぶ声を聞いた。













「お前捕虜って自覚ある?」

キッと睨んでフレイは半歩後ろを歩く色黒の男を振り返る。

「あるわよっ!」

噛み付くような返事にディアッカは肩をすくめる。
あるようには全然見えない。

「あるからこうやって仕方なくキラの隣を離れたし、あんたたちがお付でも我慢してるじゃない!!」

今は一人しか居ないけれど、キラのところに行くのも交代で見張られて、時間が決められているのも捕虜だから仕方がない、と我慢しているのだ。
本当ならなんで自分がこんな不当な拘束を受けるんだ、と思うけれど。ちゃんと目が覚めたときにそばに居てやりたいし、それよりもあの男を見張っていたいけれど。
男の発言にカッカときていたフレイは気づかないでずかずかと進むうち、後ろのディアッカがふと眉を上げた。

「なんの騒ぎだ?」

言われて気づいたフレイも一瞬立ち止まる。
まだ何を言っているかまでは聞こえないまでも何か騒いでいることだけははっきりと分かる。
この方向には医務室があることに嫌な予感がしてフレイは足を速めた。

『イヤだ…嫌だ嫌だ嫌だ……』

『フレイっフレイっフレイっ!!』

聞こえてきたのは必死に自分を呼ぶ声。

「キラっ!」

念のためと途中から自分の前を歩いていた男を押しのけて駆け込む。
飛び込んだ白い部屋の中に怯えたように男の腕の中で震えるキラを見つけてフレイは男を突き飛ばした。

「キラっ」
「フレイ、フレイ!!」

伸ばされた手をつかみ、抱きしめてもう一方の手で素早く卓に置いてあった錠剤を取り、口の中に放り込む。
飲み込まないように噛み砕いて、にっこりと笑って見せながら。

「大丈夫よ、キラ。」

口に含んだ薬を流し込む。
こくり、と嚥下するまで唇を離さないでキラの意識が落ちるまでそのままの体制で。

息を呑んでみている男二人の顔が視界の端に映った。
女同士のキスがそんなに珍しいのだろうか?
薬を口移しで飲ませるくらいしてもおかしくないだろうに。軍人ならそれくらいで呆然とするなんてどうかしている。

(なんて思考に柔軟性のない男……)

馬鹿みたい、と思って力の抜けたキラから唇を離し、そっと枕に頭を下ろしてフレイは一回閉じた瞳を開けて振り返った。

「あんたキラに何したの。」

打って変わったように厳しい顔と口調でアスランを睨む。
二重人格なのかと思えるほどの変わりように一瞬答えられずに口ごもった。気で圧されたのだ
――――――ナチュラルである彼女に。

「何も……」
「嘘っ!だいたいどうしてあんたがここに居るのよ。」

どうして、という明確な理由などなかった。
ただキラに会いたかった。ただその顔を見ていたかった。
自分の休憩時間に何をしていようが勝手で、捕虜になにを言われても構うはずもないのに答えられなかった。

「言ったじゃない!」

フレイは叫ぶ。
どうしてこんなに鈍いのだろう。
どうしてこんなに分かっていないのだろう。
どうしてこんなに馬鹿で。
どうして、キラはこんなやつが好きなんだろう……?

悔しい、と思う。
女であるキラに恋愛感情は持っていない。持っていないけれど、それよりももっと大切だと思う。
なのに……なのに、なのに、なのに!!

「あんた何も分かってないのよ。」

ぎらぎらと瞳を輝かせた少女はそう言って鋭く弾じる。
必死に腕の中の少女を守るように抱きしめたまま。


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