シークレット・ソウル
早々に追い出された医務室から出た彼らは、かといって捕虜を放っておいてヴェサリウスに帰るわけにも行かず、混乱した頭を抱えて作戦指揮室と決め込んだ部屋に転がり込んだ。
驚いたことにこれだけのクラスの艦だというのに少数精鋭のザフト軍より乗員は少ないのだ。それでもこの船全てのクルーをヴェサリウスに収納することは難しく、代わりに制圧のため派遣されてきた彼らがそのまま監視を続けることになった。
ストライクが起動できない今、アークエンジェルというらしい足つきのクルーは大人しいもので――――――というか艦長だという女性や、エンディミオンの鷹などの佐官が現実をしっかり見るタイプの人間のようで―――――こちらもなかなかナチュラルの中では優秀なものを集めたのか統率は割りと取れているようだった。
そのおかげで暇だと言うわけではないが、それぞれが混乱しきった頭を整理する時間くらいはあるはずだった。
「どういうことか説明してもらおうか。」
「さっき聞いていただろう。」
どさりと椅子に腰掛けたままちらりとも顔を上げずにアスランはそっけなく返す。
どうもこうもない。
あれが全て。アスランとストライクのパイロットが顔見知りで、キラが女で。
赤い髪の女の言葉が一つ証明されただけ。
「もっと根本的なことだ!」
いらいらとイザークが叫ぶのを聞いて溜息を吐きながらアスランが話す気になったのは、ここまできたら別段隠すことでもなかった所為もあるが、誰かに言って整理したかったのかもしれない。
酷く混乱している。
それを自分自身、認識していた。
「俺たちは3年前まで月に居たんだ。別れるときには泣くくらい兄弟みたいに育ったよ。」
『地球とプラントで戦争になんてなるわけないよ』
別れる前は無邪気にそう信じていた。自分が軍人になるなんて想像もせずに。
いや、ただキラに泣いてほしくなかったからそう言っただけ。
『キラもそのうちプラントにくるんだろ?』
なんて無神経な台詞だ。第一世代のキラがプラントに来る可能性が低い可能性くらいわかってもよさそうなものなのに。
今思えば泣きそうなキラの顔は、それも含んでいたのかもしれない。
キラのことならなんでも分かると思っていたのに。
「お前も泣いたのかよ?」
面白がって聞いてくるディアッカに否の返事を返す。
ああやっぱりな、と聞いておきながら内心でうなずく三人だ。彼にだって子供時代があっただろうが、この”アスラン・ザラ”が友達と別れるのが悲しくて泣くなんて可愛らしい子供だったとは思えない。
けれど。
「俺が泣くとキラが泣けないから。」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
沈黙が三つ。
どんな顔をしていいのやら微妙な顔で固まったり、ぱっかりと口を開いたり、本物かと疑うように見たりして。
可愛げのない餓鬼、というべきか。それとも餓鬼の癖にきざだな、おい。と言うべきか。
淡々とした、今はどこか憂いを帯びた顔でそんな台詞を言われても非常に困る。
だいたいだ、同じ年の子供に対するには過保護だろう。それは友情と言うにはやはり行き過ぎの感情で。
好きだったのだろう―――――現在進行形で。
相手が儚げな少女だという知識があるからそれほど違和感を感じなかったのだけれど。
おもむろに、ディアッカはそれを向ける相手が男だと思い込んでいたはずの事実に気づく。
「アスランって今16だったよな?3年前っていったら13だろ?」
コーディネイターは13歳で成人とされる。
もっとも コーディネイターであっても早熟なのは精神の方であり、肉体的にはナチュラルの成長速度とそう変わらないはずだ。
だが、ナチュラルであっても13くらいになればそろそろ変化が訪れるはず。
俗に言う二次成長期というやつで、初潮だとか胸が膨らみ始めたりだとか男には見られない成長をはじめてもいい頃なのだが。
「……それで気づかなかったわけ?」
「……ああ。」
どこか憮然としてアスランが答える。
そんなアスランにそりゃそうだろう、とディアッカは苦笑する。
さすがに自分が鈍感だと気づかないわけにはいかない。
なまじ小さいころからずっと一緒に居ると近すぎて見えないのかもしれないけれど。ずっとこうだ、と思い込んできたものは中々変える事はできないから。
「そのあたりの事情はひとまず置いておきましょう。」
悪くなった空気を取り直すようにニコルが口を挟む。
「それよりも……アスランは。」
躊躇うように仰ぎ見て。
「知っていたんですか?」
何を、とは言わない。
キラが女であることをアスランが知らなかったのは明白であるし、ストライクのパイロットが彼の知り合い――――――幼馴染であることは間違いない。
問題は、”いつ”それを知ったのか。
気づかなかったけれど、彼は”ストライクのパイロットの悪あがき”とイザークが言ったのに確信を持って否定した。それは確かに理論的ではあったけれど、もしかしてと思う。
「ああ。知っていたさ。」
まるで自嘲の笑みにも取れる。
ずっと、ずっと、知っていた。
どうして知っておきたいことは今までずっと知らなかったのに、知りたくないことは分かっていたのだろうか?
「あの日……ヘリオポリスの工場区で見たんだ。」
歯車が壊れたのは。
――――――――――――――――――――――――――――一つのコロニーを壊したあの日から。
眠る少女だけが居る医務室でフレイは一人ささやく。
「大丈夫よ。キラは私が守るから。」
何度も何度も大丈夫って言ったの。
『僕が守るから』
『ここで待ってて。』
『大丈夫だよ。約束、したでしょ?』
「あんたは契約を果たしたもの。」
少なくともフレイは死んでいない。
あの様子ならあいつらがフレイたちを殺すことはないだろう。
―――――――――――――――あの男がさせない。
それが凄く悔しくて、それが少し惨めで。
「今度は私が守ってあげる。」
一番の恐怖から。
戦いよりも、フレイよりも、怖くて、愛しいものから。
それが怖がりな彼女が立つ理由。