シークレット・ソウル
「キラ。」
さっきまでの棘がない、母が子に呼びかけるような柔らかな声音でフレイは呼びかける。
だが、答えは無い。
白い部屋で簡素なベットに横になったまま少女は相変わらず血の気のない顔で眠り続ける。
そんな少女に手を伸ばし、額に触れる。熱を確認して異常がないことを知って彼女は少女にだけはやさしげな手つきで下ろしてきた手で頬を撫でる。
まるで麗しい絵のような光景。
それを黙って見守るしかない状態にザフトの四人はそれぞれに複雑なものが違いながらも茫然自失の体だった。
本来ならば制圧したのはこちらであって、そんな勝手な行動など許せるものではないはずなのに。
「これがストライクのパイロットか……」
傷を押さえながらイザークが呻くように呟く。
彼らの中でストライクのパイロットは地球軍で特別な訓練を受けた屈強なパイロットだった。
パイロットに若者の反射神経、身体能力の高さを求められるコーディネイターの彼らと違ってナチュラルは経験に基づく操縦技術を求められる。もちろんコーディネイターにも技術は求められるし、ナチュラルにもある程度の若さは求められるが、その差は如何ともしがたいものがある。
そもそもその差を抜きにしても驚くべき事実だ。
こんな人間がストライクのパイロットであるなんて誰一人として想像もしていない。
――――――――――――――――いや、一人いる。
「キラ……」
呆然としたように、アスランがその名を零す。
驚きのその表情は、それが彼の知る事実とまったく違っていたのだということを二人の関係をフレイの言葉から聞きかじっただけでしかない彼らにも十分すぎるほどわかった。
男だと、友達だと、彼は信じていたのだ。そう言うだけの行動としては行き過ぎている感もあるような気がするが。
だが、儚げな様子も、シーツの膨らみ具合からもそれが少女であることは疑いようがなかった。
彼の滅多にみないその変化に笑うどころではない。
ストライクのパイロットがこんなにも儚げな少女だったということに彼らもまた同じように呆然としていたのだから。
引き寄せられるように呆然としたままそろそろと伸ばされたアスランの腕。
だが。
――――――――――パシリ。
「触らないで」
キッと先ほどのように睨みつけられアスランはわずかにたじろぐ。
普段ならばそれくらいで怯むアスランではないが、彼女の知る事実が正しかったことに動揺があった。
「キラに触れたら許さないわ。」
「何故――――――」
恫喝するように低く。
問うてくる青年に負けないよう、威嚇するようにフレイは睨み付ける。
「言ったでしょう。あんたはキラのことなんて何も分かってないのよ」
「おまえはわかっているというわけか?」
「あたし以上にわかっている人間なんて今ここにはいないわよ。」
ふふんと鼻で笑うようにフレイは言い放つ。
得意げな?
それとも馬鹿にするような?
本当はわからない。
それでも駆け引きを成功させるだけの強さは持って。
「キラは降りられたのよ。もっともデュエルに打ち落とされたでしょうけど。」
自分の機体のそれも聞き捨てならない台詞が出てきて問いただそうとするイザークに、慌てて取り押さえようとするがその必要もなかった。フレイはそちらには目もくれないでただ一点をきつくにらみすえたままだった。
フレイはアスランしか見ていない。
まるで少女に向ける視線とは正反対に敵は彼だけなのだと言いたげにまっすぐにその苛烈な瞳で。
「でも、キラは言ったわ」
離れたくない人がいるのだと。
ここでアークエンジェルを離れてしまえば二度と会えなくなるかもしれないから。
だから……
「キラがここに残った理由はあんたで。」
助けて、とキラが言うほど。
守ってほしい、とキラがいうほど。
強がりな、けれど本当は不安でしかたがなかった彼女がそう戦場で願うのは。
全て――――――ここにいるために。
そして……
「生きて帰ってきてくれる理由は私よ。」
ただ、その約束を果たすために。