ビア


その部屋にあった端末で艦内の見取り図と乗員名簿を引き出す。
見取り図は簡単に見つかったが、キラの友人という民間人を探すのに手間取る。
本来の乗員が少ないとはいえ民間人の救命ポットを入れた分までいれればさすがにそれなりの人数になる。
だいたい名前も知らないのだ。
友人というのだからキラと同じ年頃だろうと予想がつくだけで。

キラを離さないままで役に立たないアスランの代わりに端末を操っていたイザークが「これか」と呟きながら幾人かの少年少女の情報を提示させた。

当然ながら自分たちと変わらない年頃の子供たち。
普通に私服を着て、IDも民間人のものであるが、シフトの中にその名前を確認した。

ということは間違いないのだろう。
さっき見つけたストライクのパイロットと同じ不可解な素性の子供たち。

クリックして画面を見取り図に戻し、彼らが収量されている部屋を割り出す。
名前さえ分かれば早いものだ。

「下士官用の住居区か。」
「いや。そうともいえないな。」

アスランの否定にイザークは眉をしかめる。

「ここは民間人を勝手に出歩かせるのか?」

軍艦だぞ?どいう言外の言葉にかぶりを振りながら、答えたのはやはり否定の言葉だ。

「いや……一般の民間人は違うだろう。」

だが探すのは一般の民間人ではない。
『ストライクのパイロットの友人』である民間人だ。
人質として使うなら、監禁して閉じ込めておくか。
もしくは自分の近いところに置いておくのに限る。

そして今のこの戦艦には監禁して見張っているほどの余裕はないだろう。
それならば。

「シフトの中に入っているということはブリッジにいるかもしれない。」
「民間人をブリッジに入れているのか!?」

イザークの言う通り普通はあり得ないことだ。
仮にもここは軍艦で、戦闘中なのだ。

「そうとしか思えない。」

でなければその情報はあまりに不自然だった。













補給の準備でばたばたしているとはいえさすがにアークエンジェル外の軍人が乗り込んでくるのに民間人に手伝わせているのは体裁が悪いという都合もあり、いっせいに休憩を貰ったトールたちは、自分たちに与えられた部屋に戻った。
みんなで休憩がもらえるのは久しぶりだと、キラがいないことに慣れた彼らは気づかずに口にする。
4人で『みんな』ではないのに。
初めこの戦艦に連れ込まれた中でキラがいなくてフレイがいる。
それが普通。
そう、なっていた。
だから気づいたのはその時。

「ザフト?」

赤いパイロットスーツの二人組みを見て息を呑んだ。

何故こんなところにザフトが?
来るのは地球軍で、アークエンジェルの補給ではなかったのか。
ミリアリアとフレイを庇うようにして後ろに下がったトールとサイは一人の兵士の腕に抱かれた少年を見つけて叫んだ。

「キラっ!」

ぐったりとして抵抗もなくザフト兵の腕に抱かれた友達。
瞳は閉じられて意識がないのが分かる。

「なんだよお前ら……」
「キラになにしたんだよっ!」

彼がストライクのパイロットだとは目の前の二人のザフト兵が知っているはずもないのに、知っているのだと思い込んで、それ故に何かされたんじゃないかと思ったのだ。
――――――それはあながち間違ってはいないのだけれど。

「何もしていないさ。」
「じゃあなんでそんなっ……」

そんなにぐったりとしてるんだ!と。
コーディネイターに、敵兵に向ける恐怖よりも怒りが勝ってトールが叫ぶ。

「人はたかだか一時意識を失わせるだけでこんなにも衰弱するか?」

鋭い目で見据えられ黙る。
それくらい誰の目に見ても明らかなキラの不調。
その翡翠の瞳から放たれる強い視線に射すくめられるように縫いとめられて。

「俺たちの目的は同胞の保護だ。」

はっとキラに視線を戻す。
本来アークエンジェルにに保護された―――彼らは拘束だが―――はずなのに保護を必要とするような状態なのだ。

「キラは連れて行く。お前たちも死にたくないのなら来い。」

「そんなっ……ことっ……」

出来るわけがないと思って。

必死に守ってくれようとしているキラ。
でも手伝ってきたブリッジのクルーはいい人たちで。

「できるわけないじゃないか!」

それは裏切りだと。
たった数日でも、一緒に戦ってきた人間を殺す側に回ることは裏切りなのだと。
そう感じてしまって。

それに……
合流すればキラだって戦わなくて済むかもしれない。
この補給でMAとそのパイロットが補充されれば……
ありはしないことだと分かっていながら、甘い誘惑に囚われる。


それに気づいて、何よりもまっすぐな気性のイザークは怒りを爆発させた。


「こいつを見て本気で言っているのか!?」

ストライクは憎い。
プライドも傷つけられたし、ミゲルもオロールもマシューもクルーゼ隊の精鋭が幾人も殺されている。
けれど。
それすら補って余りあるほどの儚さ。
ぐったりとアスランの腕に収まった少年の病的な細さと、白さ。

そして周りの環境。
こいつが同胞を裏切ってまで守りたかったものは所詮数日間だけの他国の人間への裏切りを恐れて動こうとはしない。

哀れだ、とは思わない。
ただナチュラルに向けられる憎悪が増すだけだ。

「それは……」

口ごもる少年に今度はアスランが淡々と告げる。

「とにかくキラをここには置いておけない。お前たちはキラがここにいる『理由』だ。だから連れて行く。」

前半のそれは決定事項。
こんなところにおいて置けるわけが、ない。
けれど。

「嫌よっ!」

赤い髪の女が叫んだ。
軍服を着た友達の静止も聞かずに憎悪をむき出しにして叫ぶ。

「コーディネイターの船にのるなんて冗談じゃないわ!」
「フレイっ!」

怒らせるのはまずいと留めるようにその女を庇った男が抱きとめるようになだめるがそれでも止まらない。
男のほうはどんな感情を持っているのか知らないが、ただとめ続ける。
それが懸命な判断だ。
こっちは武器を所持しているのだ。
そうでなくとも身体能力がそもそも違う。
それを分かっていて立を付くなら殺される可能性とてあるのだから。
さすがにそんな丸腰の民間人に卑劣なまねはしないが。

「殺したくせに!パパを殺した奴らの所になんていかないわ!」

叫ぶ女の言葉に、ああとただ思う。
おそらく軍人かなにかで軍艦に乗っていたか、それともヘリオポリスで真空に放り出されたのだろう。
普段なら罪悪感の一つでも覚えて顔を背けたくなるのだが。
ナチュラルだから何をしても良いとは思ってはいない。
それでもアスランの中にこれといった感情は上がってこなかった。
ナチュラルに向ける怒り故に。

「おまえたちを助ける義理はない。来たくないのなら来なくてもかまわない。」

だからこそ彼は告げる。

「その代わり。」

威圧するように一度言葉を切って少女を見据える。
そして下手に睨むよりもよっぽど迫力のある淡白な顔で言った。

「沈める。」

ストライクがいなくなればアークエンジェルにはMAが一機しかない。
いかにエンディミオンの鷹といえど戦力差がありすぎる。
あっという間に沈むだろう。

そして、アスランも。

「キラをこんな目にあわせた地球軍を許しはしない。」

ぎらぎらと暗い炎の灯った瞳で空を睨む。
本気で掛かる。
その緑の瞳はそう言っていた。