オリビアの太陽
地球軍製のポットは緩やかにヴェサリウスに着艦する。 ブリッツに先導されたそのポットは任務に赴いたクルーゼ隊の少年が乗っていることは伝わっていたので別段の審査はなかった。 「アスラン、イザーク」 先に着艦していたニコルが駆け寄ってくる。 ディアッカは任務終了後は一度ガモフに帰ったはずなので今ここにはいない。 もっとも「ストライクのパイロット」に興味はあるだろうからすぐに来るだろうけれど。 「ストライクのパイロットは?」 「まだ中だ。」 「彼は意識がないんだ。」 「じゃあ担架で運んだほうがいいですね。」 医療班!とニコルが呼んでお願いしますと中へ促す。 一応大型の戦艦にあった救命艇だけあって一人二人入ったところでそう狭くはない。 乗っている人員はもともとの収容人数よりもだいぶ少ないのだから。 「キラ?」 アスランが手をかけて揺さぶってみてもやはり目を覚まさないキラとすくんで一所に固まっている同じ歳くらいの子供たちを見たニコルはああ、と思う。 この人がストライクのパイロット。 アスランの感情を引き出せる人。 アスランが邪魔でそうじっくりは見ることが出来ないけれど。 しなければいけないのは、任務完了の報告と、保護してきた少年たちを部屋に移すこと、具合の悪いキラを医務室に運ぶこと。 本来なら発案者であるアスランが報告に行くべきなのだが。 ”キラ”と呼んだままそこから離れようとしないアスランに痺れを切らしたのか、それともアスランのその切ない声に同情したのか。 「報告はしておいてやる。」 だからさっさとその鬱陶しい面をなんとかしろ、と。 「すまない。」 珍しく愁傷に謝るアスランに顔を顰めてきびすを返す。 残った二つの仕事なら。 「ニコル。彼らを頼んでもいいか?」 「はい。わかりました。」 抱いていこうとするアスランを彼に負担が掛かるから担架に乗せて行きましょうと説得するのに医療班ともども多少の時間は食ったけれど、それでもなんとか納得させた。 診察が終わって点滴の管を腕に刺されたキラを前に軍医がカルテを開く。 本人はまだ目覚めないのだから聞くのはアスラン一人だ。 「いつから食べていないのかわからないがだいぶ衰弱しています。それに多分睡眠もとってない。彼の現在の体調は極度の過労と栄養失調です。」 やはり、と思う。 良かったとは言えないけれど。 たとえ食事を与えられていたとしても訓練も受けていないのだストレスから胃が受け付けなくなるなど十分に考えられることだ。 あの戦艦事態が精神衛生上良い環境だなんて思えなかったことだし。 薬物反応がなかったことがせめてもの救いか。 「しばらくは点滴で様子をみますが、食べられるようなら雑炊やお粥などの胃に負担のかからないものから食べさせるのがいいのですが、それはここでは無理ですから出来るだけ軽めの食事を取らせてください。」 軍艦におかゆや雑炊などという胃に負担の掛からないなんて配慮したものはない。 食堂と言っても人が作るわけではなく、全て機械がやるのだから当たり前だ。 健康体の人間がおかゆでは腹持ちが悪くてしょうがない。 「それと……」 言い難そうに軍医は口を濁す。 言えばアスランの殺気を向けられると分かっているのか。 冷静沈着を絵に描いたような普段のアスランが形を潜めて歳相応の少年のようにアスランはキラに感情を向けるのだから。 それでも医者の意地で彼は言った。 「彼の体内からナチュラルの精液が検出されました。」 ピタリ、と。 動きが止まる。 ナントイッタ? 今、カレハナントイッタ? キラに……何が起こったと? 「一人だけではありますが、彼の衰弱具合からすると……」 それが合意の上での行為なのか、暴力なのかは分かりかねる、と。 そんなもの合意の上のわけがないっ。 こんな状態でっ。 ふとキラを迎えにいったときの光景が蘇る。 あいつかっ…… キラが居た部屋から出てきた男。 金髪の大尉の勲章をつけていた地球軍の軍人。 ドンっ 思い切り医務室のその白い壁を殴りつけ、ギラリとキラがよく綺麗だと言ってくれたその翡翠の瞳を光らせて。 「……殺してやる」 俺の太陽を汚すなんて許さない。 |