オリビアの太陽
アスランとわかれてニコルは5人の子供たちを連れて住居区になっているエリアまで来て、とりあえず一部屋だけ開いている部屋のロックをあける。 「しばらくはここから出ないでください。」 軍艦に乗っていたのなら言わなくてもいい注意かもしれないが、後で聞いてないなんていわれるとこまるので一応の注意をする。 ニコルにしてみれば常識を述べたのだが。 「何故ですか?」 救命ポット内での会話が尾を引いて敵の中に居るのだという錯覚に陥った少年たちは以外に鋭く切り返した。疑いをにじませて。 アークエンジェルはほとんどが自由だった。 それは彼らがブリッジを手伝っていたという理由もあるし、いちいち大勢の民間人の面倒をみるほどに人員がなかったことが理由だ。艦長の人柄も多分にあるかもしれないが。 だが、ニコルの言う処置は軍艦においては普通である。 なんせプラントのアイドルであるラクス嬢にもそれを強要したのだから。 「捕虜にでもするつもりですか?僕たちは民間人ですが。」 「捕虜とかそういうんじゃなくて、ここは軍艦ですから。」 申し訳ないんですが……とニコルは言う。 イザークやディアッカならそれくらいも分からないのかと鼻で笑いそうなのでこの場にいなくてよかったと思うのはこんなときだ。 自分でも分かっているのかイザークが報告の方を行ってくれてよかった。 「女性は隣の部屋であなた達は3人一緒の方がいいですよね。」 2人部屋しかないんですけど、我慢してくださいね、と笑ってみせる。 それは彼らの不安を軽くするための言葉。 彼らの内訳は少女2人と少年3人である。 部屋のベットの通りに分けるとどうしても一人になってしまう人ができて、それは得てして不安をあおりやすいのだ。 「キラは?」 「今は医務室で診察中です。体調が悪そうでしたからしばらくは医務室で過ごしてもらうとおもいますよ。」 調子が良くなったらなったでアスランが放さないんだろうなぁと何とはなしに思う。 だって敵だなんていわれて戦った知り合い。 それもきっと大切な人だから。 手放してまたどこかに行かないように。 また戦わなくてもいいように。 それが事実であると知るのはまだしばらく先だ。 「それじゃあ……」 ダンっ。 説明を続けようとした途端、壁を殴りつける鈍い音に言葉を切る。 「何の音……?」 「大丈夫ですよ。」 不安そうに身を振るわせた少女ににっこりと答える。 イザークかディアッカかとも一瞬思った。 ナチュラルなんぞに何をいつまでも時間をかけている!?と怒鳴り込んできたのかと。 けれど。 叩きあけるように扉を開け放って姿を見せたアスランのその尋常ならざる様子に思わず目を見張る。 「アスランっ!?」 鬼気迫る様子のアスランに ここで彼らを不用意に怯えさせるのは得策ではない。 せっかくニコルが対応したというのに、これでは意味がないではないか。 真実を聞き出すのに。 そんなことに頓着がないようにアスランは。 「聞きたいことがある。」 低く、無理やりに怒りを押し殺したような声で。 問う。 「金髪の男で大尉は誰だ?」 普通いくらなんでもそれだけの特徴でわかりはしないだろう。 なんといっても地球軍は数で押すのが売りであるし、コーディネイターに比べて色も少ない。だがアークエンジェルに限っては仕官はもともと3人しかいないうえに大尉は二人。 そして男は一人だけだ。 アークエンジェルに乗っていたものなら誰でもわかる。 ストライクともう一人の守護者。 「フラガ少佐?」 自分たちをここに連れてきた少年の尋常ならざる様子に怯えながらも小首をかしげて答えが返った。 全員のそれがなんなのだろうという顔をスルーして。 翡翠の瞳が光を増す。 「……殺してやる。」 綺麗な顔立ちを思い切り剣呑に歪めて呟かれた言葉は。 普段の彼なら出てこないはずの言葉。 「アスラン?」 訝しげにニコルは尊敬する年上の同僚を覗き込む。 普段のアスランから―――少なくともニコルのイメージのアスランからはかけ離れたその様子に情報を読み取ろうと。 さっきから彼の態度はらしく無さすぎた。 何があったのだろう? 名前を呼ぶだけの問いにアスランは答える。 「……キラの体内からナチュラルの男の精液が検出された……」 「それはっ……」 コーディネイターで地球軍にいたという事実とあわせると想像するのは一つだ。 おぞましい。 それは同意がなければひどく下劣な行為。 なんて……なんて…… それであんなにもぐったりとしていたのか……? 呼ばれても意識が戻らないほどに? 彼には当然のことながら嫌悪は生まれない。 もともと軍では男同士というのは珍しくはない。 だいたいコーディネイターは男でも女でも綺麗な人間が多く、嫌悪感は少ないのだ。 だが、彼女らは違う。 「それって……」 フレイの顔に嫌悪が。 ミリアリアの顔に悲壮な色が。 軍人でもなく、いまだ認識の硬いナチュラルの少女たち。 トールもサイもカズイも顔を背ける。 後者のその反応は。 「知っていたのか!?」 知っていて何もしなかったというのか!? 「だって……」 言わなかった。 言ってくれなかった、何も。 知っていた。 キラも彼も本意ではないことくらい。 だから止めることができなかったなんて……それは言い訳? 「キラはお前たちを守るために残ったというのに。」 戦わせるだけでなく。 アスランが冷たく言い捨てる。 「キラの所為じゃないか!」 たまらなくなったように一人の少年が叫んだ。 「カズイ!?」 「僕たちがあんなところに乗る羽目になったのはキラがMSなんかに乗ったからじゃないか!」 さっとフレイをはずして全員の顔色が変わる。 アスランも、事情を知らないニコルも。 ずっと戦闘にでるキラを見送ってきたミリアリアも、戦わせることに負い目を感じていたトールも。フレイをなだめながらも彼女の言葉に傷つくキラを見ているしかできなかったサイも。 怒りに染まる。 「そうじゃないだろっ!」 「キラが居なければヘリオポリスで死んでたわ!」 「乗りたくて乗ったわけじゃないだろう!」 キラを弁護する―――当然だ、とアスランは思うのだが―――3人にはほんの少し警戒を和らげてそれでも冷たく事実をアスランは述べる。 「キラはいつでも逃げられた。」 それは彼らが居なければ、の話。 ストライクに乗って一人でどこへでも行けた。 戦闘中ならもっと簡単にこっちにこれた。 足つきには小回りのきく機体はストライクを除けば旧型のMA一機しか存在しないのだから。 「俺がこっちに来いと何度も呼んだ。」 同じ軍艦といっても絶対的に居心地のいいはずの同胞の船。 最初に来てくれればミゲル機を撃破したといっても、殺したわけではなかったからお前強いなくらいの認識で居心地よくどこか彼を保護してもらえるところまでヴェサリウスに居られただろう。 こんなぼろぼろにならずに。 そんなこと誰もがわかった。 でもザフトは敵だったのだ。 だからキラがザフトに行ったほうがいいなんて考えられなくて。 その事実に押し黙る。 ラクスをザフトに帰しに行ったときなんて残酷なことを言ったのだろう。 ”帰ってくるよな”なんて。 「食事だけは届けに着ますが、あとはあまり期待しないでください。」 話はそれで終わりだと、アスランの一言に黙り込んだ少年たちにニコルが告げる。 それにはっとして慌てて問う。 「キラに会えますか?」 「いまさらあって何を言うんだ?」 冷たい言葉だと思った。 キラに会えるかと聞いたのはキラを弁護してくれたトールという少年だったけれど。 それでもキラを傷つける要因が一つでもあるならば会わせるわけにはいかない。 「普通に話をして、馬鹿いってどつき合うんだ。」 思っても見なかった答えにもう部屋を出ようとしていたのに立ち止まって振り返る。 その視線に答えるように彼は言った。 「ごめん、なんて言ってもキラは笑ってくれないから。」 あいつに笑って欲しいのは俺たちも一緒なんだ。 |