ビア



作戦の都合上ガモフに着艦したディアッカはストライクのパイロットとやらを見るためにヴェサリウスに取って返し、通路をやってくる同僚の姿に一旦止まって手を上げた。

「おっアスラン。」

だが、一瞥もせず通り過ぎようとするアスランに、さらにそれを追いかけてきたニコルの声に。

「ディアッカ!止めてください!!」
「は?」

思わず。それは反射という素敵な反応だ。
とにもかくにもアスランが通り過ぎる瞬間に挨拶のために上げた手を振り下ろして首を固めた。

「放せっ!」
「放しちゃだめですよ。ディアッカ!」
「あーはいはい。」

どうみても可笑しいアスランと必死なニコルにとりあえずアスランを抑える方向でそのまま従っておく。
体格差のあるディアッカに抑えられ頭に血が上っているのか冷静さを欠いているアスランはじたばたともがくだけだ。常の訓練なら投げられかねないが、こういうときは真剣に押さえに掛かるディアッカである。慣れもあってなかなか抜け出すのは大変だ。

「どーしたわけ?こいつ……」
「うるさい。放せディアッカ。」
「おー怖いねぇ……」

イザークみたいだと呟くとアスランはまた顔を顰める。
イザークに言っても同じ反応をするだろうが、アスランも暇さえあればケンカ―――本人たちにその自覚はない―――しているイザークに似ていると言われるのは心外らしい。
見た目を裏切って感情的なイザークと常に冷静で感情を制御する術に長けているアスランとではたしかに似てるとはいわないのだろうが。

「足つきを落としに行くって聞かないんですよ。」

やっと追いついたニコルが簡潔な、けれど不親切極まりない説明をくれる。
はっきりいってなんでそんなことを言い出したのかはさっぱり不明だ。
大体にしてさっきまでアスランが潜入していたのは足つきであって、囚われの民間人の保護とやらの任務は完了したばかりなのだし。
それにアスランに関して言えば。

「そりゃまーなんというか。」

ずいぶんな変わりようだ。
任務はこなすが壊すことにかんしてどこか消極的な、特に足つきに関しては積極的でなかった奴が。
あながち保護されたっていうストライクのパイロットがアスランの知り合いかもしれないっていうのは間違いじゃないのかもしれない。
ニコルが知ってるのはアスランに聞いたから、とかな。

「初めからそのはずだ。落として何が悪い。」
「足つきを落とすこと自体は悪いなんていってません。」

怒っているのはアスランだけじゃないんです。ともニコルは言う。
それについてはディアッカにはさっぱりだ。

「けど、今はそんな一人ですぐになんて出来もしない無謀なことを言っていないで、医務室に居たらどうですか?せっかくイザークが報告を代わってくれたんですから。」

何気にぐさりと来る言葉をニコルが放って、さすがのアスランもうっとつまる。
それよりもなんとも不思議な言葉を聞いた、とディアッカは驚いて見せた。

「へぇ?イザークが。」
「そうなんです。あのイザークが代わってくれたんです。自分から。」
「珍しいこともあるもんだな。」
「明日槍が降ってこなければいいですね。」
「ここじゃ槍よか砲弾のほうがありえそうだけどな。」
「珍しいがあったら雨か槍が定番でしょう?」

頭上と眼前で交わされるなんともいえない会話にアスランは抵抗の動きを止めた。
気勢がそがれるとはまさにこのことだ。
ナチュラルに対する怒りは消えないけれど、こんなことをしているくらいなら確かにキラが目覚めたときに不安にならないように居てやるほうがいい。

「わかったからいい加減放してくれ……」

散々な言われようのイザークに少々の同情を覚えることでアスランは現状を受け入れたのだった。












赤を着るGのパイロットたちの溜まり場と化しているヴェサリウス内のブリーフィングルームでディアッカは話だけでも聞いてやろうと待っていた。
本来の目的はどうやらしばらく果たせないらしい。
「目的」である保護されたストライクのパイロットが意識不明なためとアスランの謎の暴走のために。

「ごくろーさん。どうだった?」
「何がだ。」

くつくつと笑ってディアッカは答える。

「ストライクのパイロットだよ。それ以外になにがあるって?」

「……自分で見てみろ。」

白いイメージ。
どこまでも白く儚いそんな印象が残るだけ。
正直あんな奴がストライクのパイロットだなんて信じたりはしたくないけれど。

「まぁ見に行くけどさ。」

アスランが居ないとき。と付け足しておく。
暴走に巻き込まれるのは遠慮したいし、眠っている奴をみても仕方がない。
興味があるのは「ストライクのパイロット」なのだから。
保護された民間人なんかじゃない。

「でもお前が報告でもなんでもアスランのために代わってやるとはね。」
「別に関係ない。つかいものにならないと思っただけだ。」
「っで?アスランどうしちゃったわけ?」
「俺が知るか。」

にべもなくイザークは答える。
事実彼にはアスランの行動はさっぱり分からないし、分かりたくもない。
説明だけは欲しいが。

「殺気だちゃってさぁ。」

あれはあれで面白いけど。
いつだって涼しい顔を崩さない優等生がくるくると表情を変えて、まるでイザークみたいだ。

「知り合いってのあながち間違いじゃないかもよ。」
「ああ。そうらしいな。」
「怒らないわけ?」

一番プライドがまっすぐに高いイザーク。
ディアッカも高いといえば高いだろうが、イザークに比べるとだいぶ曲がった高さをしている。

「怒れるか。」

プライドが高いからこそ。
まっすぐだからこそイザークは怒れない。

弱いものは軽蔑の目で見るか、歯牙にもかけない。
自分より強いものはライバルと敵視する。

だが、ストライクは確かに強く。
でもパイロットは弱弱しくて。

どちらともいえない変な存在。
その存在を知っていたとして、あんな奴らを見たら怒る気はうせる。

ぐったりとした意識のない白い儚い少年と。
心配でしかたがないと顔に書いてあるなさけないアスランなんて。

「アスランがああなるのもわからんでもないからな……」

ほんの少しだけだ。
ただ、少しだけ哀れだと。愚かを通り越して思うだけ。


とりあえず許すつもりなどないけれど。