ビア



補給ポイントを過ぎたアークエンジェル内は補給後だというのにあわただしく通信を開いていた。
それはとある報告のためだ。

<どういうことだ!?>

響くのは怒声。
告げた内容はキラ・ヤマト及びその友人たちがアークエンジェル艦内から消えたという事実だった。

「仕方がないでしょう。まさか補給ポイントでザフトが乗り込んでくるなど……」

マリューの代わりにフラガが抗議する。
それは異常なことだ。
そんな危険を冒してまで必要なものはこの戦艦にはない。
ザフトと定義付けるのは彼らが消えた前後にバスターとブリッツの姿を確認したからだ。

「こちらの人員が少ないことはそちらも承知の上でしょう?こちらに責任を押し付けられても困ります。」

慌てふためく上層にいい気味だ、と内心思う。
軍人としてはそれはかなり問題であることは重々承知だが。
良かった、と思ってしまう。
戦闘の結果でなく、わざわざストライクのパイロットを選んで連れ出したということは……









「知り合いがいたのかもしれないな……」

ヘリオポリスから連れてきた少年たちが居ないことに気づいて、調べて、そうしてフラガの結論はそれだった。

「えっ?」

考えもしなかったというのがあらか様にわかる艦長の顔の顔に苦笑する。
自分だってこうなるまで考えたことなどなかったが、ありえないことではないのだ。
なぜならキラはコーディネイターで。
戦っている相手もコーディネイター。
絶対数のすくないコーディネイターの軍であるザフトは彼らと同じ年ごろの少年が既に戦場にでていることはナチュラルでも知られていることだ。
そして戦争が始まったのはここ1年ほどで、16歳の彼が同じコーディネイタたちと友人関係を作るのは十分な時間だった。

「だって可笑しいだろうが。なんでストライクのパイロットが坊主だって分かる?」

いくら戦場で会っていたとしても顔など知らぬはずである。
彼よりよほど長く戦場にいるフラガとて因縁のクルーゼの顔を知りはしないのだ。

「綺麗に坊主の友達までかっさらってさ。」

言っては悪いが彼らがおまけなのは誰の目にも明らかだ。
あきらかに一平卒の少年少女たちにそうたいした価値などないことは明白。
けれど同じ軍服を着ていても彼だけは違う。
彼はストライクのパイロットだ。
彼だけは”コーディネイター”だ。

もっとも知り合いがいたとしてもどこでそれを知りえたのか、という問題があるが。
あの日の―――Gを奪いにザフトが攻めてきた日の工場区で彼がストライクに乗り込むところを見たのだとしたら……

「……イージス?」

思い当たった機体の名をマリューは思わず呟いた。
記憶の片隅からあの日の衝撃を思い出す。
撃たれた仲間。
「危ない」と叫ばれて、存在を知った少年。
ナイフで迫るザフト兵。
庇うように前に出たキラ。

あの時は怪我の痛みとGを守らなくてはという焦りで疑問にも思わなかった。

なぜあの兵は飛び出した少年を殺さなかった?
確かにキラ君の服はモルゲンレーテの者でも地球軍のものでもなかった。
だが……あの状況でそれを確認して動きを止めるか?
自分の命がかかっているときに?

だが、その少年が地球軍ではないと―――ナチュラルですらないと知っていたら?

あの距離なら……

顔が見られただろう。
キラ君はヘルメットも被っていなかったのだから。

「まさか……」

少なくない可能性に血の気が引く。
もし、そうだったら……

「なんてことを……」

そんなことがあって欲しくはないと。
知り合い、友人、そんな関係で殺し合いを強要したのではという恐怖に思う。

「今はそのほうが好都合だろ?」

確かに……
巻き込んでしまった少年のことを思えば、今はその船に知り合いがいて便宜を図ってくれることを祈るしかなかった。






ダンッ。
画面の向こう側が打ち付けられた音に、フラガは意識を向ける。

「オーブを敵に回すわけにはいかんのだ!」

どういうことか、と顔を見合わせる。
どこからオーブがでてくるのか?
確かに少年たちはヘリオポリスにいたオーブ国籍の民間人であるが、アークエンジェルには他の民間人も乗っている。それこそいなくなった彼らより多くの人間が。
これほどに焦らなくてはならない理由はない。

「オーブが知る前に取り戻さねばならん。」

何を、とも。
誰を、とも。
言わなくても分かる。

彼がずっと問題にしていたのはキラ・ヤマト――――ストライクのパイロットであるコーディネイターの少年なのだから。

まるで……
彼一人でオーブが動くかのようなそんな言葉だ。

まさに下された命令は。

「キラ・ヤマトを奪回せよ。」










「……マジかよ……」

知り合いがいるのかとか確かなことはわからない。

けれど、確実に。
こちら側にいるよりは負担はすくないはずだった。
たとえ捕虜としての扱いを受けたとしても―――わざわざ捕らえに来たくらいだ。問答無用で殺されることはないだろう―――戦うことはないのだから。

「……何故?」

マリューの呟きに命令です、とはナタルも言わない。
それは先の通信の一件があるからだ。
明らかに道具扱いの不快な命令。
不快な言葉。

”キラ・ヤマトを逃すな”

”あれは兵器だ”

「どうすれば……?」
「追うしかないだろ……」

どれほど気が重くても。
ストライクなしにクルーゼ隊に近づくことに―――死ぬ確立が高くても。