ビア



アスランが再びキラの元に戻れたのは翌日だ。
ずっとそばにいたいけれど、軍人であるからにはそういうわけにもいかない。
目覚める前ならともかく一度目覚めてしまえば、クルーゼもそうやすやすと時間をくれはしない。むしろ報告に行くたびにアスランが欲しがったものは手中に収めたのだから今度働くのは君だ、と言われているようだ。
それにしても仮にもストライクのパイロットを保護しろといったのだから本国の評議会のこともあるだろうに彼らパイロットたちに説明もなければキラに尋問も無い。
だが、アスランはクルーゼに聞くことは無かった。

信頼ゆえではない。
目先のことに囚われすぎていてというほうが正確だ。




軍医のアドバイスを聞いて軽い食べ物を持ってきたアスランはそれでも口にしようとしないキラに根気よく付いていた。

「ずっと食べていなかったんだろう?」
「別に食べさせてもらえなかったわけじゃないよ。」

戸惑いながらも答えるキラに頬が緩むのを自覚する。
知っている。
手のつけられていないトレーはキラのものだったのだろう。
それだけで分かる足つきでの彼の状況。

「食べられない状況だったんだろ。」

それには押し黙ったまま答えを返さない。
図星であるがために返せない。
足つきを悪く言わないように訂正はするけれどキラは嘘をつけない。

(吐く必要などないけどな。)

うぬぼれていいのならばキラの中でアスランの位置というのは結構な場所を占めているのだろう。だからできるだけ足つきの人間を庇いながらも自分と敵対したことがキラの意思であるような言葉は吐けないというところか。
どっち付かずだと怒る人間もいるかもしれないが、アスランはそうは思わない。
だいたい選ぶ必要だってなかったのに。
こんな戦争さえなければ。

本音を言えば自分だけを選んで欲しいけれど、人のことをあしざまに言うキラなんて想像も付かない。

だから妥当といえば妥当な状況なのだ、今は。

「点滴打ってもらったし……」
「それじゃ体力がつかない。」
「別に体力なんて必要ないじゃないか。」
「今のキラはずいぶん軽いからね……女の子に間違えられても文句は言えないよ。」

昔から女の子に間違われるのは二人共通の悩みだった。
アスランの方は時が解決してくれたようだが、キラのほうは多分いまだに変わらないのだろう。
膨れながらもとりあえずスプーンを持ってくれたキラに安堵して見守ることしばし。

「アスラン。」

アスランのほのかな幸せは終わりを告げた。

「ニコル?どうしたんだ。」

それでもあらか様に嫌そうな顔をしなかったのは、呼びにきたのが何かと協力してくれる一つしたの少年だったからだ。
彼なら邪魔しようとして邪魔したわけではないと確信できる。

「イージスの整備班の方たちが……」

呼んでいる、といわれれば自分の命を預ける機体のことだ。行かないわけにも行かず。
キラの食事を見届けるように頼んで名残惜しそうに医務室を後にしたのだった。





アスランに向けて伸ばしそうになった手を二人に知られないようにおろしてからため息をつく。
いない時は寂しいのに、いたらいたで調子が狂う。
昨日言われた言葉がわだかまっているのだとは分かっている。

アスランと誰かを並び立てることなど不可能だ。
それでも守りたかったものであるのは事実。
落として欲しくないのも軍人であるアスランに言うのはわがままであり願ってもかなうはずの無いことであるのは軍人じゃないキラにだって分かっている。

でも感情と納得は別物。

ぐるぐるとアスランが持ってきてくれたお粥とスプーンを手にまわしながら。

「お話してもいいですか?」
「えと……あの……ニコルさん?」

アスランが呼びかけた名前を呼べば彼はふわりと人好きのする顔で微笑んだ。












月の様だ。とニコルは思う。

こんな人がストライクに乗っていたなんて思えないくらい。
優しい人。
話し方は穏やかで、どこかかわいくて。
自分たちとは違う、歳相応な反応が好ましい。


けれどそれはたった一つの音でさえぎられる。


「アラート!?」

「あっ……」

ビクリと震える肩。
その色は怯え。

「大丈夫ですよ。」

気づいてニコルは微笑みかける。

あなたはもう戦わなくていい。
だから怯えなくても大丈夫だと。

けれど。
それが見当違いとは言わないまでもすべてでないことを知る。

「アークエンジェル?」

不安そうに問われたのは。
それは彼がつい先日まで乗っていた戦艦の名前だった。
ともに戦っていた人の安否。
戦うことを死ぬほど嫌がっているのと同時に戦えないことで守れないことへの恐怖。
複雑で奇怪なニコルには分からない感情。

「やっぱりあなたはストライクのパイロットなんですね。」

今更それがどうだというわけではないけれど。
それでも悲しくて。

選べないのだろう。
その優しさゆえに。

ただそうやって守ってきたものが。

『キラの所為じゃないか!』

言ったのは一人だけだ。
それでも。

そんなもののためにこんなにも優しい人が。


殺してだなんて言った言葉が哀しい。