ビア



画面を見、膠着していた状態から赤のパイロットたちを現実に呼び戻したのは外の状況の変化でも、アスランの言動撤回でもなく、船橋の一部の動きだった。
音声はなく。だがその人物にはそうさせるだけの存在感があった。
悠然と涼しい顔をしたままシートにすわりっていた唯一白い色を纏う男[クルーゼ]は組んでいた腕を放し、床を蹴って彼らが囲むディスプレイの縁に手を掛けて体を止める。

「なかなか興味深い話だが、そこまでにしてもらおう。」

面白がるような声音でアスランのものとは別種の冷かかさが襲う。
仮面の所為なのだろうか。それとも隊長自身の持つ酷薄さを隠そうともしていないからか。それが悪いと思ってはいない、自信と力の証。
誰でも人はある意味でそうであるように自分が正しいと思っているのだろうと思う。所詮人間は個人の主観でしかものを図れない。何か別のものを慮ったとしても完全に理解することは不可能だ。だから戦争などというものがおこる。
使えるものと使えないもの。
役に立つものと立たないもの。
そこに自分とその道具以外のものは存在せず、他者と自身とはその点のみで繋がれる。
そういう尺度を持つ人間が多いことをアスランは知っていた。

「この状況が分からぬわけではあるまい?」

熱源はまだこちらに気づいてはいないようで、特別に動きはない。だがだからといってこちらから動かなくて良いわけではなく、戦争中の戦艦に乗るパイロットたちは今こそ働きどころだ。
効率の良い戦い方は、気づかれぬうちに行動を起こすことだ。
奇襲というのは常にスタミナのない少数派の精鋭に有利にことを運ばせる戦法だった。いくら精鋭であっても量に対する時疲弊することを避けることはできない。

「アスラン、イザーク、ニコル。」
「「「ハッ!」」」
一人名前を呼ばれなかったディアッカは面白くなさそうな顔をするがそれに頓着するような可愛げのある隊長でも隊員でもない。
「これよりポイントαにて網を張る。逃がすなよ。」
敬礼のまま、再度了承の意思を示す。それを見、今度はとばかりに仮面とともに動いた視線を追って、視線がディアッカに集まった。
「ディアッカは医務室で待機だ。」
仮面に覆われた顔からは表情が読めない。口元はいつも通り笑っている。
何か失態をやらかしたわけではない。そういう意味で待機させる人間でもない。むしろ失態を犯したならそれ以上の戦績を求めるだろう。
「隊長?」
「アラートの音で怯えていたというのだろう?ならば目覚めたとき一人というのは心細いと思うのだがね。」
当のディアッカだけでなく、訝しげな顔を代表したアスランの問いに主語なしで答えが返る。さらにそれに眉間に寄せた皺が深くなった。
疑心という名の感情で。
利点[メリット]なしにそんな配慮をする人間ではない。幸か不幸かそれをアスランは知ってしまった。
そう。彼は。

籠の中の鳥は逃げてしまわないか、と言っているのだ。

「ですがそれなら何故、ディアッカなのですか?顔を知らないのではその場合の意味は成さないとおもいますが。」
「見知らぬ者だからと言って話もできない歳でもあるまい?」
馬鹿ではないのだろう、と。
そこで肯定してしまえばキラの価値が下がるのは目に見えていた。
クルーゼの中のキラの価値を下げるということはキラの安全を脅かすことにつながる。
いくら親が地位のある人間だとしても今のアスランに自分の部隊の隊長を押さえることなどできはしなかった。
(それに、あの人は……)
おそらく息子であるアスランよりもクルーゼを信用し、支持するだろう。
アスランよりも当たりが柔らかく、口が立つというだけではない。
その関係がどういうものであるのかは知らないが、父は特別の信頼をこの仮面で素顔を隠した男においているようだった。
「それに彼が知っているもの、というと君を残せというのかね?」
「仮にも戦闘にパイロットが欠けるのはどうかと思うだけです。」
「ずいぶん冷たいな、アスラン。大切な幼馴染ではないのかね?」
「キラは今意識がないというならいても仕方がありません。それより地球軍に対する戦闘に力を割くべきです。」
「戦艦はたかが一隻。足つきと違ってMSもないはずだが。」
「ですが、万が一ということが……」
なおも良い募ろうとするアスランを遮ってクルーゼがどことなく高圧的に言う。
「アスラン。君は今言った事を復唱できるかね?」
自信がないのか、と揶揄するような口調は全てを見透かすようで反論が上手く回らない。
それはアスランが働くときなのだと、そうする意思表示のための言葉だったのだと分かって。
要はアスランが期待通りでないのが遺憾なのだ。
ぎりり、と唇を噛み。
「いいえ。了解しました。」
分かってしまえば、うなずく以外に道はなかった。
もはやどうして反論するのか分からないまま。


自分のことのはずなのになぜかアスランが抗議してなし崩しに決まってしまった今回の役回りにディアッカは。
ニコルにはぽん、と肩を叩かれて。
やれやれと珍しくも僅かな同情を覗かせて、だが意地悪そうに笑みを佩いてみせるイザークが残念だったな、と言い。
彼らの後にしたがってディアッカも命令に従うために移動しようと扉から出た瞬間。

「ディアッカ」

ぎょっとしてそちらを向けば、どうしてそんな必要があるのか気配をけしていたようなアスランがやけに据わった視線を向けていた。

「キラに何かあったら、その時は……」
「その時は?」

先ほどと同じ冷ややかな、笑み。

「ぶち殺す。」

ひどく、らしくなく。
先ほどまで面白いと思っていたほど、けれど好ましい変化でもなく。

「いや……ちょっ…アスランっ!それって具体的にはどういう時……」
「そんなことも分からないのか?」
「いや、なんとな〜く想像はつくけど。」
「なら気をつけるんだな。」

にべもない言葉にがっくりと肩を落とす。

「俺ほんとに不幸じゃねー?」

一体、ツキが落ち始めたのはどこからか。
言うだけ言ってさっさと身を翻してディアッカの嘆きなど聞いていない男に呟いてみた。











貧乏くじだ、とは思わないわけではなかった。
いくら興味があるとはいえ、戦闘を一人はずされてまで見ていたいわけでもない。やりたがっている奴にやらせればいいものを、クルーゼ隊長も随分と意地の悪い振り方をしたものだ。

アスランはよっぽど不満らしく――――というより不安なのか。

不安は決してこの少年の体調、精神的不安だけでなく、それを囲む現在の環境の焦燥。

「まっこれだけ可愛いけりゃわかんなくもないけどさ。」

魘される少女と見紛うような少年を突きながら一人ごちる。
時々うめくような言葉はディアッカの耳に届く前に言葉をなさなくなって何を思っているのかなどさっぱりわからない。

「あーもうっ……さっさと元気になってやんなよ。」

そうでないとらしくない奴らが居て自分は貧乏くじが回ってくるばかりだ。
それは多いわけではないけれど、彼の生活に大いに関係する部分で。

「俺は見た目がよくっても、お人形さんには興味ないんだよねぇ。」

それを分かっていたからおそらく隊長は彼を指名したのだろう。
イザークもニコルもアスランに引きずられたわけではないのだろうが、妙に好意を示している。だがあの人もディアッカという人間のことを把握しているわけではないのか。
今は好きでも嫌いでもない。
そこにあるのは純粋に興味だけだ。
だが。

「俺が会ったらどうするつもりなのかねぇ……」

気に入らせたいのか。
それとも敵に回させたいのか。